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落葉

色付く役目を終えた葉が車道脇を埋めていた。

その光景を見て、数週間前から「イチョウの紅葉を見に行きたい」と言っていた妻の言葉が蘇る。

人生でまだ一度もキャンプをしたことがないという妻が「キャンプをしてみたい」と言うものだから、幼少の頃から家族で使っていた懐かしのテントを実家かや預かってきたものの、まだ仮の組み立てすらしていない。

オセロをしよう、自転車に乗りたい、パパ明日休み?じゃあみんな休み?
まだおれの休みを楽しみにしてくれる年頃の子どもたちと全ての責任を負わせた妻を残して、またひとり、車のハンドルを握って自分勝手な釣りに出る。

来年はたくさんフィールドに通って確実にメーターの尻尾を掴まなければならない。
勝負の再来年は自分の都合ではなく、掴んだメーターの行動パターンに合わせてスケジュールを組み、この手にメーターを抱かなければならない。

この生活をあと2年続けることができるだろうか?
本当にこんなことをしていていいのだろうか?

家族と真反対の位置に、おれの夢は存在している。


何度と確認しているのに、タイドグラフが頭に入っていない。
正確な潮位を把握できていないだけではなく、実際に目の前の流れを見ても上げなのか下げなのかさえあやふやになり、自信が持てない。

日の傾きと共に気持ちも傾くのがはっかりとわかる。
魚が見えていないどころか、この川に自分の居場所さえまだ見出せていないことを嫌でも実感する。

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唯一の居場所である車内は、まるで冷蔵庫の中にいるかのように夜は四方から冷えた。

食事を済ませるとすぐにシュラフの中にすっぽりと頭まで潜り込む。
朝方の寒さでシュラフの中でガタガタ震えた前回の反省を活かし、家からもってきた毛布を上に掛けると確かな暖かさを手に入れた。


だが、釣りに行く時点で揺らいだ気持ちが、やはり安眠をもたらすことはなかった。

緩やかな左カーブのトンネルを抜けようとするところ、突如前の車のブレーキランプが点灯し慌ててブレーキを強く踏んで停車した。

危ないところだった。
それにしても一体何があったのだろう?
しばらく待ってみても、車の列はまったく動く気配がない。

車のドアが閉まる音がトンネル内に響いたのでサイドミラーを確認すると、後方の車両から4〜5歳くらいと思われる子どもが歩いてくるのが見えた。

その子どもはおれの車の横を通り過ぎたところでビクッと体を震わせ車列の間に入ると、前方から物凄い勢いでやってくる対向車のヘッドライトの灯りを避けた。

かなり危ない。
ちょっと様子を見てこいと親が歩かせたのだろうか?普通そんなことするか?よりによってなぜ対向車側をこの子は歩いているんだ?

クラクションを鳴らそうと思ったのだけれど、何故か腕が上がらない。
おれの目だけがギラギラと動き、その子どもを凝視することはやめない。

少しの間をおいて再び対向車がやってきた。

あろうことかその子どもは、いつの間にか対向車線のど真ん中に立っていた。

慌てた様子で反対車線の歩道側へ倒れ込むように車を避けると、驚いた車はキーっとタイヤを鳴らす音をトンネル内に響かせ停車した。

今に運転手が降りてきてその子どもを保護するだろうと思ったのだが、なぜか一向にドアが開く気配がない。

子どもはびくびくと体を震わせ明らかに恐怖に慄きながらも、よろよろと立ち上がろうとしている。

すると驚くことにゆっくりと車は発進し、おれの横を何食わぬ顔で通過していったのだ。

どう考えてもおかしいだろう。

おれは怒りにも似た感情を覚え、子どもの元へ向かう為シートベルトを取って運転席のドアを開けようとするが、なぜか体が言うことを聞かず降りれない。

そうこうしている間にいくつかの対向車が、おれの車を風圧で揺らすほどの猛スピードで通過してゆく。

なぜ誰も子どもを助けにいかないんだ!
親は一体何をしているんだ!

言うことを聞かない体でもがいていると、ふと今の自分の状況が脳裏をよぎる。

おれも他の連中と同じで子どもを助けに行ってないではないか?

第一おれはなぜ、渋滞しているこのトンネルをひとり運転しているのだ?
…いや、最初おれはひとりじゃなかったはずだ。

我が子を車に乗せて遠い場所まで行き、「また迎えに来るから」と嘘を付いてその場に我が子を残し車を発進させ、それからもう1時間が経過しようとしているところだった。

最低な人間はおれ自身じゃないか。

はっと我に帰り、対向車線にいるはずの子どもの姿を探すが見当たらない。

その刹那、今まで聞いたこともないような鈍い「ドンッ」っという衝撃音が、トンネル内に重く響いた。


嫌な汗でもかいているかと思ったが、不思議と冷静な目覚めだった。
車内はキンキンに冷え込んでいて、外は薄く明るくなり始めていた。
鳥たちの鳴き声が囁くように辺りに包んだ。

今回の車中泊釣行で絶対にロッドを振りたかった深夜から朝方までの時間帯を、おれは嫌な夢を見ながらシュラフの中で過ごした。

おれは一体何をやっているんだ?
これではまったく今回の釣りの意味がないではないか。

けれど、だからと言って何もしないで帰るわけにはいかない。

この時期誰も歩かないようなエリアをハンドメイドルアーと共に水に浸かり、これまでを振り返るとともにこれからを想像する。

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釣果など問うまでもない。
この川ではスズキはおろか他の魚でさえ、今のおれには遠い存在に感じる。

始まりの一匹は今もどこかを悠々と泳いでいる。
もちろんメーターだって同じようにどこかを泳いでいるはず。

その居場所はまったく想像出来ない。
ただの想像でさえ簡単でない。

背後にある岸の方から人の話し声が聞こえる。
でもおれからすると、それは誰もいないに等しい。

孤独。

けれど少しだけ、この川でおれの居場所を見つけた様な気がした。

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