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煇眼は赤く

10月に入ったというのに一向弱まる気配のない日差しがフィールドを灼いていた。
中途半端に刈られた護岸の雑草が、足首から脛に掛けてチクチクと刺さる。
それでも水辺に影を落としてしまわぬよう、噴き出す汗と共にジッと我慢してしゃがみ込む。
草の隙間からロッドを出し、草の頭スレスレから水面を見渡す。
一心不乱に護岸の苔を喰むボラの群れを散らさずに凝視出来るようになれば、ようやく釣りの始まりだ。

やや濃い茶色の水底が、左右へ切り返すスライドスイマー250HSの下にある。
まるで自ら意思を持つかのように、水面下のスライドスイマーは左右へ気持ち良さそうに切り返す。


6月の宍道湖遠征を終えてからは、ビッグベイト&ジャイアントベイトの釣りに没頭した。
休みの日のみならず仕事の日も早朝からフィールドに立ちひたすら向き合い続けたが、遂に一尾たりとも触れることは叶わず完膚なきまでに叩きのめされた。
今年の夏をビッグベイト&ジャイアントベイトに捧げたことのへの対価は、妻から笑われる変な日焼けの跡のみ。
釣れない理由は言うまでもない。
技術や知識・経験、フィールドに当て嵌めるピースという引き出しを混同してしまって、結果的に道具だけは一気に増えた。

夏に魚を一尾も出せなかったことで混沌としたビジョンの中、5年振りにスピニングタックルを引っ張り出した。
プレジールアンサー89、キャリアハイ6 1号、ステートクラッチ20lb.にカゲロウ124Fをキャストし、ステラのハンドルに指を掛けた。

得られたものは「無」そのものだった。

巻き抵抗感を全く捉えられなくなっている自分自身に驚愕した。
過去の自分自身はどれだけ繊細なスピニングの釣りをしていたのか。
繊細さの中にある巻き感度を自身の中でどれだけ増幅させ、リーリングスピードやトレースコースなどにどれだけ振り幅を持った釣りを展開することが出来ていたのか。

過去と現在を比較して直面した明確な技術の劣化に愕然とさえした。
向き合ったと言いながらそれは自己満足に過ぎず、ビッグベイト&ジャイアントベイトのスズキ釣りを雑に行なっていただけの自らの愚かさに気付かされた。


スラスイの泳ぎを邪魔しないよう、最低限の入力で慎重にラインを操作してゆく。
太陽がルアーのシルエットを水底に落とすやや後方、茶色の水底も同じように右へ左へ移動する。

同じように移動している。
水底が。

不思議と冷静でいられたのは、このポイントに着いて最初に目撃した不明瞭ながら独特なシルエットの一尾が脳裏にあったからだろう。
スピニングタックルから学んだ教訓を活かしてすぐ訪れた幸運。
本当に些細な気遣いや心構えで、物事というのは案外簡単に開けてゆくものなのかもしれない。


護岸に近付くと共に、スラスイとの距離は鼻先まで詰めてきていた。
動かすべきか?ステイか?
その決断を下す経験値はゼロ。
ひとつだけ明確なのはあと数アクションも入れれば護岸にルアーは当たり、デッドスティッキングの他に選択肢はなくなってしまうということ。

…アクションを入れてみる。
決して変な動きにならぬよう、ラインが水面を勢いよく切らぬよう必要最低限の入力で。

横へ軽くスライドしたスラスイを見て、そいつの鼻先が僅かに上昇した。

「喰え」

心で言ったつもりだが、もしかすると声に出てしまっていたかもしれない。
開いた口は一体どれほどの大きさなのかを想像する。
リールをパーミングする右掌に力が入る。

…喰わない。次は何が起こる?

スラスイを凝視するその眼は、魚体の全貌を目視したその時からずっと赤く煇(ひかり)を放っていた。

まるで発光しているかのような赤。
こちらの目に突き刺してくるような赤。
赤という表現では足りない赤。
果たして今までにこんな赤を見たことはあっただろうか。

初めて目にした赤い煇を放つ眼。
体高は想像を超え堂々たる重厚な体幅を持ち、水辺に生息する他の生物よりも圧倒的に巨大だ。

それでいて、スラスイの動きに合わせて一緒に向きを変える素振りに、チヌのような愛らしさも感じ思わず目が釘付けになる。
ひとたび鰭が動けば、時と空間が歪むような錯覚さえ覚えた。

やがてもうこれ以上動かせずにデッドスティッキングに移行したスラスイの真下に着きつつも、僅かに上がっていた鼻先が水平位置に戻った。
もうこれ以上は追わない、と直感で悟った。

左手でポケットのスマホを取り掛けたが、一瞬だけ迷ったすべ取り出すのをやめた。
この圧倒的な光景を自身の目で見ず、スマホの画面越しに見るなんて勿体無いと思った。
ゆっくりと旋回をし自らの大きさを最後に今一度見せつけるかのようにして、流芯へと返っていった。


フィールドだけでなく自分自身ともじっくり向き合えた4日間の遠征。
日没後3時間程からの水辺に久々に立ってみたら、元来ソロ釣行しかしない身分だけれど深夜3時までずっと話をしながら一緒にロッドを振ったアングラーさんとの出逢いもあった。

スマホの画面越しでしか知らなかった世界は実在することを知った。

目を瞑れば蘇る赤い眼。
時間の経過と共に、より赤く、より煇を放ち、さらに脳裏に焼き付いてくる。

地上で暮らす人間と水中で生きる魚。
互いの道のりが一瞬だけ交差して生まれた刹那の出逢い。

また逢えるだろうか。
いや、きっと逢えるに違いない。

こちらから水辺に足を運び続ける限り、その時は必然的に訪れるはずだ。

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