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村岡昌憲
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▼ Area16 ~利根川の最初の一滴 その2 ~
- ジャンル:釣行記
- (area-釣行記-)
翌朝、5時に起床。外はもう明るい。
朝食をそうそうに済ませて片付けして出発。
夏の山は天気の変化が激しい。天気予報も昨日までは手に入れているし、週間予報も確認して決行しているが、局地的な雷雨などは対応していくしかない。
良い状況の時に迅速に行動する。
それが山の基本。いや、人生の基本だな。
ゴルジュが速くも迫ってきた。
「今宵のビバーク地までは時間的な余裕もあるので、今日は釣りをしながらゆっくりと上ろう。」
師匠の言葉で僕と山ちゃんが交互に竿を出しながら進んでいく。
が、ルアーでもテンカラでも魚の反応は渋い。
追ってきてもすぐに見切るし、とても魚がいそうな淵でもまったく姿を見せないことも。
こんな上流に来たのに?!
しかし、速いピッチのトゥイッチをするとイワナが反応してくる事に気が付いた。
メガバスのLive-Xスモルトにすごく反応してくるので、それで粘っていたらやっとヒット。
サイズはかわいいものだが、今晩の飯でもある。
大事にキープ。
青空も出てきて良い感じ。
何もかもが美しく、そして寡黙だ。
やがて、急峻なゴルジュ帯が一気に狭くなる。
ヒトマタギと呼ばれる地点に到着。
あの広大な利根川をまたげるのである。
利根川を一跨ぎできるのはここだけ。
左岸と右岸に同時に立つ。
釣り人ならこのワクワクがわかる?
そして、さらにゴルジュの中を突き進んでいくとき、事故が起きてしまった。
山ちゃんが水中での着地を誤り、アキレス腱を断裂。
最後尾にいた自分は、すぐに事故に気付いた。
流れの中で立つことができずに流される山ちゃんに飛びついて確保。
この下流50mくらいで20m級の滝だが、垂直ではないので落ちるとちょっと良くない。
師匠は先に行ってしまってまだこの事故に気付いていない。
叫んだが、川の音にかき消されて聞こえてない。
わずかな足場に山ちゃんを座らせる。
ザックを下ろして楽な姿勢にする。
ハーケンを岩の割れ目に撃ち込んで、ロープで山ちゃんとザックと、ついでに俺のザックも流されないように確保する。
ザックを降ろしたらもうスーパーマンになったかと言うくらい軽快に動ける。
一気に川を上っていって、師匠の姿が見えたところで叫んで師匠を呼んだ。
師匠が降りてきて、山ちゃんの怪我の状態を観る。
顔を上げるなり、
「残念だが、登攀はここで中断。直ちに退避活動に切り替える。山を下りるぞ。」
と決断した。
あまりの切り替えの速さと、自分の中に残る山頂への未練と、これから始まる経験したことがないことへの不安が、ごちゃっと混じったが、
「まあ、利根川を一跨ぎできたし、いっか。」
と納得。
相談した結果、滝の一つ下に小さい沢の出会いがあるので、まずそこに行くと。
難関は下流の滝であるが、自分が滝の上でロープを確保。
まず師匠がそのロープの確保で下に降りる。
次いで、3人分のザックを滝の上から水の流れに乗せて一つずつ落として、師匠がそれを拾う。
次に確保ロープを使って師匠が一気に上ってきて、山ちゃんを介添えしながら降りていく。自分は山ちゃんの体重70kgのうち半分くらいをずっと引っ張って持ち上げている感じで、彼の負担を減らす。
それでもアキレス腱を切った状態で30mの崖を降りるのはとんでもない痛さだっただろうけど、下で手を振る師匠を確認してホッと一安心。
最後は、ハーケン等の金具類を回収し、しっかり根っこの生えた木にロープを通して、2本のロープを吊した状態で自分がスルスルと滝を降りる。
降りたところで、ロープの片方を引っ張って回収して、1ミッション終わり。
沢の出合いに辿り着いた。
山ちゃんの靴を脱がして足の状態を見たが、まったく歩けそうもない。
師匠の判断はいつも迅速だ。
これからさっそく救助要請をしにいく、その一言。
そこで今後の状況を打ち合わせる。
行動として
師匠はこれから下流に向かって救助要請を出しに行く。
僕は山ちゃんと共にここでひたすら救助を待つ。
しかし、今日の明るいうちには湖に到着するだろうが、ダムの奥なので誰か来ないことには救助要請すらできない。
だから、湖の左岸を2日間歩いてダムサイトに着くので、救助要請ができるのが最悪2日後。
そこから救助隊が来るので普通に考えて3日後の救助。これを念頭に入れておけと。
もし途中で釣船など誰かに見つけてもらったら、少し早くなる可能性ありと。
最悪、師匠が下山中に事故が起きた場合、山に入る際に出した計画書の通り、下山予定の9月5日が過ぎてもまだ戻らないということで6日か7日に捜索願が家族や仲間から出て救助隊が出ることを期待しないといけない。
となると、9月8日くらいまではここで待つ可能性があると。
そして、9月9日になっても何も無かったら、今度は俺が一人で救助要請を出しに降りてこいと。
街に出ればインターネットに携帯電話に、本当に便利な世の中。
だけど、それは考える力を奪っている。
それが無いときに人はどれだけ考えないといけないのか。
3人で最悪の事態を考えるだけ考えて、段取りを確認して、師匠は降りていった。
まだ9月3日の午前である。
タープ一枚を張り、そこでひたすら待つ
まず食料や装備を二人で確認する。
お米は二人合わせて8合。おかずも色々持ってきているし、塩と醤油があるから川にいるイワナを釣れば十分にある。
水は目の前を大量に流れている川からいくらでも取れる。
餓死という展開はそんなに心配は要らない。
雨が降って増水した場合の避難場所もしっかりとチェックしに行く。
僕はいつでも最悪の展開を想像する。
基本的に性格はネガティブなのである。
最悪の展開を辿ったときの準備、対応、心構え、あらゆる点をしっかり確認して、初めて安心する。
人事を尽くして天命を待つ。
最後は前向きに楽観的にあとはやるだけなのだ。
そうして人生を生きてきたし、仕事も成功させてきた。
まずは、持ってきていた包帯(これがリストに入っていたとき、要るのかなと思ったけど、なんにでも使える便利グッズであった。)
と、河原に落ちている木をナイフで加工して、山ちゃんの足をギブスのように固定する。
お昼は中華三昧を茹でて食べた。
その後、僕はというと、やることがあんまり無い、というか、待つことがやること、という状況。
いつも、せっかちに突っ走って生きてきたから、ぼぅっとすることを久しくしてないのに、いきなりこんな状況である。
岩の上で半日、ずっと考え事をしたり、うたた寝をしたり。
夕方前に昼寝をしていたら、山ちゃんがほふく前進で河原を這っていくのでトイレするのも大変だな、かわいそうだなと思っていたら、なんと釣りをし始めた。
源流テンカラ釣り師の意地を見て、あきれる(笑)
夕方に、河原の一部を掘って、川の流れを流し込んで、釣ったイワナを確保しておく池を作った。
とりあえず4匹ほど。
増水したらあっという間に逃げて行ってしまうだろうけど、待つことがやることの今の俺たちにとって、今後どうなるのかわからない不安を打ち消すのに、とりあえず食料を確保して貯めていく作業は最適だった。
やがて、日が暮れる。
夕飯はご飯を一合炊き、レトルト食品で片付ける。
あとは焼酎をちびりちびりと。
辺りは闇に包まれ、川の流れるザーザーという音だけしかない世界。
テレビもラジオも携帯電話も入らない状況で、人ができるのは話すことだけ。
山ちゃんと仕事から家族から色々なことを話した。
思った。人は色々なものを持ちすぎたんだ、と。
それでコミュニケーションという大切なものを失おうとしている。
そして、待つ、信じて待つという力が弱くなったことも。
ほんの20年前まで携帯電話はなくて、人は待ち合わせをしたらそこで待ち続けるしかできなかった。
家や会社に公衆電話から安否を確認したり、伝言を頼んだりして、なんとかやっていた子供の頃。
根底にあるのは、相手を信じて待つ力だった。
待つ力が弱いと、人はイライラし、不安に包まれ、不信を募らす。
待つ力、今の現代人が携帯電話などを手に入れて、失った一番大きなものだと思った。
「きっと来る。」「きっと帰ってくる。」
待つ力、信じる力。もっと大事にしていかないと。
しかし、ふと黙っている時間に、つい考えてしまうこと。
師匠が下流に向かう最中に不慮の事故に遭っていたら、もうどうにもならない。
その場合、自分が降りるのか。
川を上るのは道を迷いやすいが、川を下りるのは迷わない。
水の流れていく方に行くだけだ。地図なんて要らない。
師匠が最後にそう言っていた。
それでもあの巨大な滝を一人で降りていけるのか?
そんな不安がよぎっては消えていく。
だけど、僕らにできることは、待つこと。
心静かに、取り乱さず、ただじっと待つ。
そう思いながら眠りに落ちた。
翌朝、ヤブ蚊の襲撃で目を覚ます。
タープの下には数百を超す蚊が渦巻き、応戦するもどうしようもない。
寝ている間に僕は百数十ヶ所を刺されていた。
手なんてボコボコ
相手が人間だろうと蚊だろうと、やられたらやり返す主義である。
この落とし前は当然つけてもらおうと蚊の撃墜を試み、百数十匹を握りつぶしたが、どうやら一向に数が減る様子がないので降参して、また寝袋に潜り込んだ。
隣に寝ている山ちゃんを見てみると、寝袋が蚊に囲まれて霞んで見える。
ここにいるのもイヤになって、シリアルを食べて釣りに出かけることにした。イケスのイワナがなぜか10匹くらいに増えていて謎の展開(笑)いつ釣りしたんだ?
俺もと思い、ロッドを取り出すと、昨日の戻る最中のドタバタでクワトロのティップがぱっきりと折れてしまっていた。
ということで、ウルトラヘビーアクションの5ftロッドと化した短いクワトロでガシガシとスモルトを動かしていく。
ザックがないので移動が速い。
セルフタイマーで撮ってみた。
7m滝の高巻き中。30kg近いザックを背負っていると落ちない為に必死でまったく撮影する余裕がないが、空身なのでこれまた自分で撮影。
高巻く度に本当に美しい淵が次々と現れる。
しかし、高巻きは淵尻にいる番兵イワナが僕に気付いて逃げていってしまう。
するとその淵は沈黙する。
上に上がらずに、岩盤をヘツリで進んで、身を低くして挑んだときだけ魚の反応が出る。
ヘツリは高等テクニックで、僕のクライミング技術ではまだまだ難しいところがたくさんある。
何度も滑落して、水に落ちる。
もちろん僕が怪我したらいけないことは重々承知しているので、落ちたら無傷では済まないところでは絶対にリスクを取らないよう心がけた。
あくまで下が深い水の上にいるときだけ果敢にヘツリで進み、落ちたら泳いで進んだ。
2km程上がったところで出た32センチ。唯一の尺イワナだった。
時計を見たら10時。
もし、師匠が順調に川を下りて、上手い具合にそこに釣船がいて拾ってもらっていれば、明日には救助隊が来る。
今晩はたくさんイワナを食べよう。
都合、4匹のイワナを持って川を下ると、なんとまさか、救助隊が到着していた。
一日早い!!すげー!なんで?
救急隊長が自己紹介もそこそこに、すぐに撤収するので準備を急いでと指示をされる。
ビバーク地のザックの中身がほとんど外に出ていて、まったくパックできてなかった。
慌ててパッキングする。
「いつ救助が来てもいいように準備をしておかないと!」
師匠に怒られる。本当にその通り、反省。
だって、明日だと思ってたんだもん。
師匠に聞いたら、昨日の夕方にダムの河口に着いたら、釣り船が一艇いて、その人は師匠のことを知っている人で迅速に対応してくれたらしい。
そして、再度、渡船の高柳氏の船で警備隊を乗せて夜明け前から遡行してきたのだ、と。
僕らが1日掛けて来た行程を5時間で来た警備隊。
師匠も必死に着いてきたらしいけど、ヘトヘトで、つい一言。
「あいつら、同じ人間とは思えないぜ。」
最後、撤収するときに、ビバーク地を振り返った。
最悪8日間。普通で3日間と思っていた緊急ビバーク。
でも幸運なことに1日で終わってしまった。
嬉しいような、でも何か寂しいような。
そう、俺はワクワクしていたんだな。
あ、イワナ逃がさないと、と気付いたがそんな場合ではないし、そんなことできる空気ではない。
渇水しないでちょっと増水して上手く逃げてくれと祈って出発。
総勢7名の群馬県警、谷川岳山岳警備隊。
心強い味方を得て、あとは全員が無事に帰り着くだけ。
途中の広い河原で僕は山を振り返って、心に決めた。
利根川の最初の一滴を拝むことは今回は断念するけど、来年必ずまた挑戦するぞ、と。
大の男を背負って、岩をよじ登ったり、崖を降りていく救助隊の体力と筋力には本当に驚いた。
そして、その裏には日頃の過酷な訓練があることを思うと、本当に頭が下がる思いだった。
戦後だからの歴史だけでも、何百人もの命を懐に飲み込んだ谷川岳連峰。
その魅力を求めて今も止まない多くの登山者達。
それを後ろで支える彼らの活躍を、僕は間近で見ることができて本当に貴重な経験をした。
釣りという遊びに取り憑かれ、懲りない僕らは、いつだって彼らの事を忘れてはいけない。
そして、少しでも準備と心構えをしっかりして、決して頼る事がないよう遊ばないといけないのだ。
ドドーン!
12時を過ぎた頃、突然頭上に雷の音が。
まずい、と思う間もなく、大粒の雨が落ちてきた。
救助隊や師匠の顔が曇る。
「まずいな。増水するぞ。」
「急げ!」
川が急に濁りだして水かさがどんどんと増してくる。
山ちゃんを乗せたゴムボートは流しやすくなったけど、危険な流れが多く発生し、立ち往生気味に。
僕と師匠は救助隊を手伝いつつも、ほとんど見ているしかできない。
師匠がボソリと言う。
「こういう時が60イワナのチャンスだ。増水が始まる瞬間と、終わる瞬間。その時にこの谷にいないとダメなんだよ。」
ああ、釣り人ってww
もちろん釣り竿なんて出せる雰囲気ではとても無い。
でも、あのイケスのイワナはこれでみんな逃げ出すな、そんなことも思いだした。
60イワナを釣る秘訣。それは、この逃げ場のほとんど無い谷で、増水する瞬間を待つこと。
そこに立って居られることの難しさに僕は膝が笑うのを感じた。
しかし、膝が笑っている場合でも、笑顔で居られる場合でも無い状況になってきた。
雷雨は容赦なく降り注ぎ、左右の岩盤からは豪快な滝が次々と出現し、本流は激流となった。
初日のクライマックスだった巻淵まで何とか辿り着いたが、あまりの荒れ狂い方に、しばらく待機命令。
増水傾向にあるということで、20mくらい上のテラス状の地形まで避難する。
こんなところまで水が上がるのかな?あの辺で十分ではないのかな?まあ万が一もあるから、この判断は正しいよな。
なんて思っていたら、10分もしないうちに自分が思った場所は激流に飲まれていた。
救助隊隊長より雨が降り止まない場合はここで一夜を過ごすとのこと。
何とか今日のうちに帰りたいと思いつつも、あらゆる状況に対応できるよう準備をしておく。
特にお腹がペコペコで、雨に打たれて体が冷える。
待機中に袋ラーメンを茹でもせずに食べて保温に努めた。
幸いなことにやがて雨はやんだ。
水かさが一気に増える川は引くのも速い。
雨が上がって1時間半が経過した頃、陽射しもまた降り注いできたし、水位も下がったということで再度下流へ向かうことに。
まだとてもじゃないけど川の中に入れる感じはしませんが・・
最難関の巻淵を抜けた頃、青空が顔を出して太陽の光が降り注ぐ。
冷えた体が束の間の暖かさに包まれて元気が出る。
冬山で夜を越した際の張り詰めるような冷えた空気の中、朝日がようやく身体に当たった瞬間の熱量、エンタルピー。
それを思い出した。
特に山ちゃんは水浸しなのにボートに乗せられて体をほとんど動かさないから、3時間以上も歯をガチガチとやっていて、唇も紫色だ。
毛布に包まれているが、こんな雨の中、川の中だ。
濡れた身体に対して何の保温にもなっていない。
僕は叫んだ。
「こら!太陽、もっとガンバレ!」
また、容赦ない雷雨が始まる。
隊長が叫ぶ。
「急げ、増水する前に広い河原まで降りるぞ!」
激流の中での救助活動が続く。
川の大半は腰までの流れの中なので山ちゃんはゴムボートに乗せられて流して運搬する。
大きい滝は隊員に背負われて降りるんだけど、当然滑落したら危険なので山ちゃんの分も背負う隊員の分もロープで確保をしながら下ろす。
だからとても時間が掛かるのである。
小さい滝は急ぐ必要もあるので、かわいそうにやまちゃんは滝の上からも下からもロープで確保された状態で滝の上から投げ込まれる。
滝に落ちるなり、山ちゃんは必死に手を動かして水面に浮かんでくる。
その顔を見るなり、みんなで飛び込んで山ちゃんを確保する。
俺や師匠も要救助者なので、何もするなと隊員に言われるんだけど、見ていられない。
俺も飛び込んで山ちゃんを何度か抱きかかえた。
何かできること無いか?
ボートを引っ張るくらいならできる。
山ちゃんを一所懸命に引っ張る。
途中の休憩場所から、救助隊が困惑している雰囲気になった。
河口で船を寄せて待っているはずの高柳氏に無線連絡が取れないようだ。
隊員の誰かが口にした。
「日が暮れるとまずいな。」
暗くなって、今日は救助隊は戻ってこないかも。
高柳氏がそう考えてダムサイトに戻ってしまったら、船が来るのはまた次の日の朝である。
俺は全然元気だけど、低体温症で血の気がない山ちゃんを見ていると、もう今日のうちにはなんとか暖かいところに連れてってやりたい。
河口はとても広くて長い。
辺りはもう暗くなってきたが、僕のヘッドランプを一刻でも早く見せれば、出発を思いとどまってもらえる。
今の僕にできることはこれしかない。
「俺が下まで走ります!」
河原のゴロタ石とぬかるみの中を下流に向かって必死に走る。
何度も川を曲がる度に、河口が見えてこないか期待するが、ひたすらゴロタの川が続くのみ。
次のカーブまでまた数百m。
だけど、そこを曲がれば、あの湖が見えるかも。
息も苦しい。足もクタクタだ。
でもとにかく走る。これが今の俺にできること。
カーブを曲がり、続く川の流れに落胆し、また走り続ける。
そして、何回かの落胆を経て、やがて僕の目に飛び込んできた景色。
薄暮も終わり、もう見えなくなる寸前の闇の向こうに、大きな焚き火の火。
俺は生涯、この光を忘れない。
それくらい、暖かくて優しい、帰りを信じて待ち続ける人の光だった。
俺は頭からヘッドライトを外して、そのたき火の炎に振り続けた。
しばらくすると、たき火の炎はとんでもない大きな炎に成長して燃えさかった。
ああ、気付いた。
俺はヘナヘナと河原に座り込んだ。
ザックを背中から外して、川の流れに寝っ転がった。
暑いのか寒いのか、もうわからない。
ただ、生きて帰れる安堵感を、利根川の川に浸した。
そして、15分ほどで全員が自分に追いついたので、おそらく高柳氏が気付いてくれた旨を救助隊長に報告して、一緒に歩いた。
山ちゃんは低体温症になっていて可哀想なくらいだったが、到着するなり焚き火がそれを温める。
こんな状況でも、さっと体温計が出てくるんだぞ。
ほんとすごい、山岳警備隊。
帰りの船。
ダムサイトは全ての照明が付いてとても明るい。
パトカーや救急車の光が点滅していた。
そうか。俺たちは救助活動のど真ん中にいるのか。
本当に多くの人を巻き込んでいることに、改めて申し訳ない気持ち。
ここで僕もやっと携帯に電波が入り、たくさんの留守電を聞く。
地元の新聞に救助活動開始のニュースと共に名前が出ていたらしい。
大丈夫、心配ないよ。
そう順番に連絡して電話を切る。
俺の奥さんにこれがバレてないと良いけど、、、。
そのまま六日町の僕の車が置いてあるところまで向かって、その日は六日町の温泉に。
山の世界では、こういう事があったときは、出直してお礼参りをしなくてはいけないそうだ。
最初は次の日にお礼参りをする予定だったが、山ちゃんは入院してしまったので、また別の日に改めてということになり解散。
帰り道、谷川岳連邦が雲の間から少しだけその気配を漂わせていた。
なんだろう、ただ見上げているだけなのと、その世界を知っているのでは、山の見え方が違う。
この数日のとんでもない非日常な世界、生きて帰るための必死の感覚。
楽しかったコンサートが終わったような、甲子園予選で最後に負けて2年半の部活生活が終わったような、そんなぽっかりと心に穴が開いたような感覚を得た。
午後に家に到着。
山頂の山小屋で食べる予定だったうな重を家で作って食べる。
山頂で食べたらこの数千倍美味かったんだろうな。
そして、必ず60イワナを我が手にしてやる。
でも、本当に生きて帰って来れて良かった。
俺は怪我一つしなかったけど、まだ山の知識も経験も浅い。
一つ間違えば、自分がそのようになっていただろう。
そして、釣りでも同じ事になり得ただろう。
もっと安全意識を高めていかないと。
そう思った。
2009年、奥利根本谷、遡行計画終了。
お詫びと御礼
谷川岳山岳警備隊、高柳様、伊藤様、水資源機構、各関係者の皆様
今回、多くの方にご心配をお掛けした事をここでお詫びいたします。
大変申し訳ありませんでした。
そして、本当にありがとうございました。
- 2009年9月2日
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