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連載第8回 『雷鳴~長い長いトンネルの出口で見えたもの~』

  • ジャンル:日記/一般
  • (小説)
第四章  協働

我が社の開発チームは頑なだった。ボクは、開発チーム時代の「昔取った杵柄」で、仕様変更のアイディアを出し、清夏に資料をまとめさせ、社内会議を行ってはみたが、開発チームを説得するのは困難だった。開発チームから出てくる案といえば、A社の仕様を飲むなら価格を上げ、A社の価格を飲むなら仕様の水準を下げるというものだった。
この案件を引き受けてから一か月が経ったある日、ボクと清夏は、清水課長に進言した。
「課長と役員に入っていただいて、A社と一席設けてはいかがでしょうか。もはやトップダウンで決めていただくのが最良の案かと」
清水課長は消極的だった。
「うちの役員に入ってもらっても役に立たない。知ってのとおり無責任だ。まず君たち二人で大西さんをもてなしてくれ。それでもうまくいかなかったら、先方の課長と一緒に私が入る」
力強い一言だった。
ある夜、ボク達は、大西氏と一献傾けた。赤坂の路地裏にひっそりと佇む日本家屋の鳥料理店Yの個室を用意した。ここの鳥みそ鍋は絶品だ。
大西氏は、今日はグレーのバーズアイのスーツに白いシャツを着て、鮮やかなブルーのネクタイを締めていた。やはり洋服の好みはボクに似ている。
ボク達は、今夜は、仕事の話は一切しないと決めていた。
「お休みの日は何をなさるんですか」とボクが問うと、大西氏は失笑した。
「せっかく上司のいない私たちだけの席ですから、気楽にいきましょう。ボクはのんびり本を読むのが好きなんですよ」
「最近読まれた本は何ですか」
「森見登美彦の『新釈 走れメロス』です。あの作品は大好きです」
繋がった。
ボクと清夏は驚いて顔を見合わせた。
「私たちも、最近彼の作品を読んだところなんです」
大西氏も、この偶然を喜んだ。森見作品の好きなところは、現実の世界では起こり得ないことを、小説の世界の中で、まるで悪戯するかのように面白おかしく書いていて、何よりも森見自身がそれを楽しんでいる様子が作品から伝わってくるところだそうだ。
「『新釈 走れメロス』にいたっては、やりたい放題ですよね。主人公に、『真の友情』を示すために京都の街を逃走させた後、学園祭のステージの上で・・・」
「あー大西さん、ダメです!それ以上言わないでください。私まだ読んでいないので、ネタバレしちゃいます」
清夏は両手を前に突き出して、いたずらっ子のような笑みを浮かべて大西氏の言葉を遮った。ボク達は、顔を見合わせて大声をあげて笑った。
彼の父親は転勤族で、中学時代の三年間を京都で過ごしたとのことだった。
また繋がった。
大西氏は、タフネゴシエーターの顔など全くみせず、愉快そうに話し続けた。ボク達も仕事を忘れて彼の話を楽しんだ。
心なしか、彼の眼は清夏に向けられているような気がした。いや、ボクには、清夏に好意を寄せているように見えた。何度も交渉を重ねるうちに、好意を抱いても不思議ではないだろう。清夏も大西氏の視線に応えている。営業上の笑顔とはいえ、ボクは少し嫉妬した。
大西氏との酒席はとても和やかで、楽しい時間だった。我が社の開発チームと大西氏との間の板挟みの状況をしばし忘れさせてくれるひとときだった。
 

「少し飲みに行こうか」
大西氏との酒席が終わった後、ボクは清夏を誘ってみた。これからどんどん疲労が溜まってくる。元気なうちにお互いの距離を縮めておこうと思った。
「私もそう思っていました」
「何が飲みたい?」
「私、なんでも飲みますけど、今日はワインを飲みたい気分です」
ボクは、麻布十番にあるワインのストックが充実しているレストラン・バーS・Dに清夏を連れて行った。オシャレな調度の整ったモダンな店だ。まさか数年後に閉店するとは誰も思っていなかったはずだ。
楽しい酒だった。
大西氏への嫉妬などなかったかのように、清夏との時間を楽しんだ。暗黙の了解のように、仕事の話はしなかった。
清夏は、京都の話を聞きたがった。森見登美彦の小説の舞台を知りたがった。
ボクが、京都大学の斜め向かいの百万遍という場所にあるS予備校の寮に住んでいたこと。堀川丸太町にあるS予備校まで自転車で通っていたこと。その道中、叡山電鉄の出町柳駅の前を通り、加茂大橋を通って鴨川を渡り、京都御所の中を通過し、可愛い女子高生を眺めて鼻の下を伸ばしながらH女学院の前を通っていたこと。
ボクは、京都での思い出を愛おしむように話した。清夏は、ボクの思い出を味わうように聞いてくれた。
「谷山さんの思い出、素敵ですね。私もいつか京都にいきたいなあ」
「素敵な街だよ。機会があれば、君も一度行ってみるといい」
ボクは慌てて時計を見た。十一時四十分を過ぎたところだった。
「終電は大丈夫?」
「走れば間に合います。おいくらでしょうか?」
「ここはボクが持つからいいよ。それより早く駅に向かったほうがいい」
「ありがとうございます。また明日からよろしくお願いします!ごちそうさまでした!」
ボクは、清夏との距離が縮まったことを確信した。そして、清夏との関係が、さらに密になることを願いながら、レストランを飛び出す清夏の後ろ姿を見つめていた。ボクの身体は喜びで満たされていた。
 

翌日、他の社員の姿が見えなくなってから、豆を挽き、ネルフィルターを使って、ボクと清夏のためにコーヒーを淹れた。オフィスの中に芳醇な香りが漂い、ボク達をリラックスさせてくれた。マグカップを渡す手と受け取る手が触れ合った瞬間の清夏の照れ笑いが可愛らしかった。
ボク達は、深夜まで次の提案を話し合った。我が社の開発チームとA社の両者に対する妥協案を検討し、資料を作成した。オフィスにはボク達二人しかいない。その緊張感が心地よく感じられた。
ただ、清水課長から授けられた「最後のカード」のことを清夏に話せないことが、ずっと引っかかっていた。まるで彼女を信頼していないかのようで、居心地が悪かった。

第四章 6に続く

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