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▼ 連載第4回 『雷鳴 ~長い長いトンネルの出口で見えたもの』
- ジャンル:日記/一般
- (小説)
第二章 献身
1
大学卒業後、恵美とボクは同じ会社に総合職として就職した。ボク達の会社はITソリューションの大手で、ボクは開発第一課、恵美は営業第一課に配属され、会社で会うことはほとんどなかった。
恵美は、同じ課の松澤友香という女性社員と同じチームに所属していて、とても仲が良かった。松澤さんはボク達より三期上の一般職の職員だった。仕事に厳しく、いささか勝気すぎるところがあったが、その真摯で積極的な仕事ぶりを買われていた。英語も堪能だし、なぜ一般職で入社したのか分からない。
松澤さんは、大人しいが芯がしっかりしていて、献身的に働く恵美に好感を持ち、とても可愛がってくれていた。
また、恵美は、清水慎司という課長代理とも良好な関係を築いていた。清水さんは、課員全員の隅々まで目配りが出来て、仕事を円滑に回していけるマネージャーの鑑のような人だった。恵美は、松澤さんと清水さんには心を許していたようで、ボクとの関係も彼らにだけは話していた。
仕事は決して楽ではなかったし、会えるのは週末だけだったが、ボク達の関係は全く変わることなく、順風満帆だった。
2
入社三年目、ボクと恵美は結婚した。入籍は、思い出の十二月四日にした。身内だけで式を挙げた後、ごく親しい友人だけを招待して、ささやかなパーティーを開いた。もちろん、松澤さんと清水さんには出席してもらった。
恵美は迷うことなく結婚退職した。恵美の能力を買ってくれていた清水さんと松澤さんは強く慰留してくれたが、恵美の決心が揺らぐことはなかった。
「勇輝さんを支えることが私の仕事なんです」
ボクは相変わらず忙しかったが、恵美の献身的なサポートのおかげで仕事に打ち込むことが出来た。
3
清水さんが営業第一課長になってしばらくした頃、ボクを営業第一課に来ないかと誘ってくれた。ボクは、システム開発だけでなく、クライアントと話をするのが好きだったので、まだ課長代理だった頃の清水さんにくっついて、よくクライアントのところに足を運んだものだった。
清水さんは、クライアントの懐に入り込み、強い信頼関係を築くのがとても上手だった。そんな清水さんと仕事をするのはとても楽しかったし、尊敬していた。ボクは、開発の人間にしか出来ない営業というものもあるのではないかと思い、喜んで清水さんのオファーを受けることにした。
水を得た魚というのはこういうことを言うのだろう。営業に移った後に最新の技術についていくのは、相応の努力を要したが、オフィスで開発に没頭するよりは、クライアントと話し合いをする方がずっと楽しかった。ボクは本当に清水さんに感謝した。
清水さんのサポートがあったし、恵美と仲の良い松澤さんもいてくれたおかげで、異動後の仕事は順調に捗っていった。
ところが、結婚して十年目のことだった。新しいクライアントを任されてから、仕事は多忙を極めた。一か月の残業は百時間を超えた。人事課から注意を受けたが、それでも他の社員には任せられない機微な案件であったため、清水さんが直々にサポートに入ってくれた。
恵美も献身的に支えてくれた。栄養価の高い食事を作り、安眠のための寝具を整え、ベッドの中で寄り添ってくれた。それでも、食事は喉を通らず、眠ることが出来ず、痩せていく一方だった。
同僚から見てもボクの変調は明らかだった。清水さんを除けば、松澤さんだけが「大丈夫?」と何度も声をかけて気遣ってくれたが、ボクには頷く力さえ残っていなかった。
ボクは限界を超えていた。
そんな生活が三ヶ月続いた六月の終わり、ボクは、職場で倒れ、救急車で病院へ運ばれた。過労が原因の中重度の抑うつ状態と診断された。
清水さんが病院に様子を見に来てくれた。
「君にばかり負担をかけて本当にすまなかった。私がもっと早くサポートに入るべきだった。後のことは私に任せてしばらくゆっくり休んでくれ。復職後のことは心配するな。人事面で冷遇するようなことは絶対にしない。約束する」
清水さんの言葉が終わる頃、ベッドに横たわっていたボクの眼は静かに閉じられ、深い眠りへと落ちていった。
ボクは、休職することになった。
4
長い長いトンネルだった。出口の光が全く見えない。このトンネルがどこまで続くのか想像さえつかない。音に怯え、恐怖におののき、身を屈め、ただただじっとしたまま時が過ぎ去るのを待つしかなかった。
あるとき、針の穴ほどの大きさでしかなかったが、ようやく出口の光が見えてきた。それが少しずつ大きくなり始めていた頃、テレビからEXILEの曲が聞こえてきた。
「どんな暗い闇の中でも、明けない夜はないと信じて、未来のため何かを感じてる」
信じてみよう、感じてみようと思った。ボクにも明るく確かな未来が待っているかもしれないと。
恵美の献身的な看病の甲斐あって、一か月後の八月初め、ボクは復職することができた。
第三章 邂逅 に続く
1
大学卒業後、恵美とボクは同じ会社に総合職として就職した。ボク達の会社はITソリューションの大手で、ボクは開発第一課、恵美は営業第一課に配属され、会社で会うことはほとんどなかった。
恵美は、同じ課の松澤友香という女性社員と同じチームに所属していて、とても仲が良かった。松澤さんはボク達より三期上の一般職の職員だった。仕事に厳しく、いささか勝気すぎるところがあったが、その真摯で積極的な仕事ぶりを買われていた。英語も堪能だし、なぜ一般職で入社したのか分からない。
松澤さんは、大人しいが芯がしっかりしていて、献身的に働く恵美に好感を持ち、とても可愛がってくれていた。
また、恵美は、清水慎司という課長代理とも良好な関係を築いていた。清水さんは、課員全員の隅々まで目配りが出来て、仕事を円滑に回していけるマネージャーの鑑のような人だった。恵美は、松澤さんと清水さんには心を許していたようで、ボクとの関係も彼らにだけは話していた。
仕事は決して楽ではなかったし、会えるのは週末だけだったが、ボク達の関係は全く変わることなく、順風満帆だった。
2
入社三年目、ボクと恵美は結婚した。入籍は、思い出の十二月四日にした。身内だけで式を挙げた後、ごく親しい友人だけを招待して、ささやかなパーティーを開いた。もちろん、松澤さんと清水さんには出席してもらった。
恵美は迷うことなく結婚退職した。恵美の能力を買ってくれていた清水さんと松澤さんは強く慰留してくれたが、恵美の決心が揺らぐことはなかった。
「勇輝さんを支えることが私の仕事なんです」
ボクは相変わらず忙しかったが、恵美の献身的なサポートのおかげで仕事に打ち込むことが出来た。
3
清水さんが営業第一課長になってしばらくした頃、ボクを営業第一課に来ないかと誘ってくれた。ボクは、システム開発だけでなく、クライアントと話をするのが好きだったので、まだ課長代理だった頃の清水さんにくっついて、よくクライアントのところに足を運んだものだった。
清水さんは、クライアントの懐に入り込み、強い信頼関係を築くのがとても上手だった。そんな清水さんと仕事をするのはとても楽しかったし、尊敬していた。ボクは、開発の人間にしか出来ない営業というものもあるのではないかと思い、喜んで清水さんのオファーを受けることにした。
水を得た魚というのはこういうことを言うのだろう。営業に移った後に最新の技術についていくのは、相応の努力を要したが、オフィスで開発に没頭するよりは、クライアントと話し合いをする方がずっと楽しかった。ボクは本当に清水さんに感謝した。
清水さんのサポートがあったし、恵美と仲の良い松澤さんもいてくれたおかげで、異動後の仕事は順調に捗っていった。
ところが、結婚して十年目のことだった。新しいクライアントを任されてから、仕事は多忙を極めた。一か月の残業は百時間を超えた。人事課から注意を受けたが、それでも他の社員には任せられない機微な案件であったため、清水さんが直々にサポートに入ってくれた。
恵美も献身的に支えてくれた。栄養価の高い食事を作り、安眠のための寝具を整え、ベッドの中で寄り添ってくれた。それでも、食事は喉を通らず、眠ることが出来ず、痩せていく一方だった。
同僚から見てもボクの変調は明らかだった。清水さんを除けば、松澤さんだけが「大丈夫?」と何度も声をかけて気遣ってくれたが、ボクには頷く力さえ残っていなかった。
ボクは限界を超えていた。
そんな生活が三ヶ月続いた六月の終わり、ボクは、職場で倒れ、救急車で病院へ運ばれた。過労が原因の中重度の抑うつ状態と診断された。
清水さんが病院に様子を見に来てくれた。
「君にばかり負担をかけて本当にすまなかった。私がもっと早くサポートに入るべきだった。後のことは私に任せてしばらくゆっくり休んでくれ。復職後のことは心配するな。人事面で冷遇するようなことは絶対にしない。約束する」
清水さんの言葉が終わる頃、ベッドに横たわっていたボクの眼は静かに閉じられ、深い眠りへと落ちていった。
ボクは、休職することになった。
4
長い長いトンネルだった。出口の光が全く見えない。このトンネルがどこまで続くのか想像さえつかない。音に怯え、恐怖におののき、身を屈め、ただただじっとしたまま時が過ぎ去るのを待つしかなかった。
あるとき、針の穴ほどの大きさでしかなかったが、ようやく出口の光が見えてきた。それが少しずつ大きくなり始めていた頃、テレビからEXILEの曲が聞こえてきた。
「どんな暗い闇の中でも、明けない夜はないと信じて、未来のため何かを感じてる」
信じてみよう、感じてみようと思った。ボクにも明るく確かな未来が待っているかもしれないと。
恵美の献身的な看病の甲斐あって、一か月後の八月初め、ボクは復職することができた。
第三章 邂逅 に続く
- 2019年9月27日
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