検証「未必の故意メソッド」

以前からずっと、シーバスフィッシングにおける「未必の故意(みひつのこい)メソッド」って何なのか?と疑問に思っていました。法律的なことも分からないで適当にネーミングしているだけじゃないの?など、違和感を感じながらも特段調べもせず、周囲の人が使っているのを漫然と受け入れてきました。

ですが、ここにきて、その違和感が飽和状態に達し、調べずにはいられない気分になったので、このブログを上梓したというわけです。以下、お付き合いいただければ幸いです。

1 未必の故意の法的整理
(1)未必の故意とは、犯罪の結果が生じる可能性を認識しながら、これを認容している状態を意味し、刑法上の故意として扱われる概念のことです。ポイントは「わざとかどうか」ということです。

(2)未必の故意が認められた裁判例(具体例)
この裁判例は、隣家に向かって大音量のラジオや目覚まし時計のアラーム音をおよそ1年半にわたって鳴らし続け、頭痛や睡眠障害、耳鳴り等の傷害を発症させたという事件です。一般的な傷害事件が、直接的な暴力行為によって怪我を負わせるものであるのに対し、本件は「音」という目に見えない方法による嫌がらせである点に特徴があります。

結論として、この事件では、頭痛等の発症に対する未必の故意が認定されました。それだけの期間にわたって騒音を鳴らし続ければ、頭痛や耳鳴りが生じることは、十分あり得ると考えられます。

そのような危険性をはらんだ行為を継続した以上、被害者に頭痛等の症状が生じたとしても、それでかまわないという「認容」があったと認められました。つまり、頭痛や耳鳴りが生じることは分かっていて、あえてわざと大音量でラジオ等を流し続けたということであり、犯罪結果を生じさせたということになります。


2 未必の故意の釣りへの置き換え
上記の定義を釣りに置き換えてみようと思います。「魚が釣れる可能性があると認識し、その状況を受け入れ、意図的に(わざと)釣りを続け、魚が釣れるという結果を生じさせること」とでもなるかと思います。

もう少しかみ砕いてみると、「このまま釣りを続けていれば魚が釣れることは分かっているので、確信をもってルアーを投げ続け、実際に魚が釣れること」とでも言えばよいだろうか。


3 「未必の故意メソッド」の検討
 以下、「『東京シーバスネット』Style~ルアーの食わせ方」から引用し、その中で定義されている「未必の故意メソッド」の意味するところを解き明かしたいと思います。

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ただ巻き系最強メソッド 「未必の故意」
みひつ・の・こい [未必の故意]〔法〕 

釣り人が、バイトの発生を積極的に意図ないし希望したわけではないが、自己のリトリーブから、バイトが発生するかもしれないと思いながら、バイトが発生しても仕方がないと認めつつ、そのバイトが発生することを期待し、あえてそのリトリーブを行う心理状態。

理解不能だって?いいんだよ。要するに、無意識の状態を意識的に出そうってことです。初心者のビギナーズラック、女性のレディースラック、なんでああも釣れるのか。それは無意識のうちに、ルアーアクションの変化を行っているからと思われます。

初心者のリトリーブはそれはぎこちないものです。でも魚は釣れます。色々な釣りを楽しめた中級者時代を経て、上級者と呼ばれる頃になるとなかなか魚が釣れなくなる時期を迎えます。釣れてもフッコばかりでなかなかいい魚が出せない。そういう人の傾向として油断した時にバイトが出てくるようになります。

ふと考え事をしていた、おしゃべりの最中だった、他の場所を見ていた。思い当たる節がある人はきっとビンゴです。こういうケースは色々あるけど、バイトに共通するのはリトリーブに対して意識がない時だということです。なんで意識している時にバイトが出ないのか、それはルアーに変化が失せているからです。変にテンションを意識するから自然がせっかく作ってくれる1/fの揺らぎヒットパターンも自分が崩してしまってる状態なのです。

また変に上手くなるとステラを求める悪い傾向が僕たちにあります。快適な滑らかさが正確なただ巻きを生み出して、更にアクション変化を打ち消してしまうのです。となると、上級者からのステップアップとしては意識的な無意識を生み出す事が必要となってきます。

一番の見本がHATTORI氏、彼のHPを全部読めば判りますが、集中した中でもリトリーブの超微細な変化を付けて素晴らしい釣果を上げているのが解ると思います。これこそが、1/fの揺らぎを心得たものだけが到達できる領域であると勝手に考えております。

そこで意識的に無意識なリトリーブを演じる方法(なんだか自分でも何書いてるんだかわかんなくなってきちまった(笑))

(1)芸能人持ち
ロッドを持つ手をリールシートでなく、グリップエンドを持つ。手を前に突きだして格好悪く釣ってみる。

(2)肩巻き
滑らかに手首で巻いてはいけません。肩も肘も動かして巻きましょう。手首の軌道が八角形ぐらいになるのが理想です。

(3)おしゃべり&歌う
そっちに全神経を集中しましょう。歌う時は目を閉じて音程に気を配ると歌も上手になるし、なぜか魚もよく釣れます。

(4)よそ見
未必の故意系最強メソッド。とにかく何かに気を取られてみる。本気で気を取られないと効果ありません。リトリーブする手から意識が消えた瞬間、来ますよ。但し、ビックリアワセをしないように。これやったらほんとにただの初心者です(笑)。

これらをやり込むことで、初心者の頃に何で簡単にヒットしたのかきっと解ると思います。というか、ゲームの組み立てやルアーセレクトは初心者の頃より上手になってるからきっとすごく釣れるはずです。そのリズムを覚えて、また基本のフォームで意識的な無意識を作り上げる。これが未必の故意メソッドです。周りで釣れているのに、自分だけどうもタイミングが合ってないな、という時にお薦めです。

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4 「未必の故意メソッド」の法的検証
 「未必の故意メソッド」と裁判例の未必の故意を比較検証してみようと思います。

●「バイトの発生を積極的に意図ないし希望したわけではないが」
 →法律的には誤り。「バイトの発生」は、裁判例に当てはめると「大音量のラジオ等による頭痛等の発生」に相当するものであり、意図的に(わざと)発生させているもの。つまり、バイトの発生は必然であり、積極的に意図したものということになります。なお、「希望」という概念は、未必の故意の法律的解釈には入っていません。

●「自己のリトリーブから、バイトが発生するかもしれないと思いながら」
 →法律的に正しい。「大音量のラジオ」が「自己のリトリーブ」で、「頭痛の発生」が「バイトの発生」に相当。正確に言えば、「バイトが発生するかもしれない」ではなく、「バイトが発生することを確信して」が法的に正しい。

●「バイトが発生しても仕方がないと認めつつ、そのバイトが発生することを期待し、あえてそのリトリーブを行う心理状態」
 →「大音量のラジオ」によって「頭痛が発生」することをわざとやっているのが未必の故意なので、「仕方がないと認める」のは矛盾。一方、「バイトが発生することを期待」するのは「わざと」やっているので、期待して当然であり、法的には整合的。


5 結論
細かいことを言えば、「未必の故意メソッド」の使い方は、必ずしも法律的に正しい用法にはなっていません。しかし、ポイントはそこではないと思うのです。

自分のリトリーブで魚が釣れることが分かっていて(確信していて)、自分のリトリーブを続け、実際に魚が釣れるという結果を導き出すためにはどうしたらよいか。つまり、リトリーブはどのようにしたら良いのか。それは、芸能人持ち、よそ見、おしゃべり、歌だったりするわけです(無意識な状態)。そうした不自然な(無意識な)リトリーブをわざと(意識的に)することによって釣果に繋げるというのが「未必の故意メソッド」だという理解に至りました。

「未必の故意メソッド」には定義の不正確さはあるものの、魚を釣るための合理的な考え方として論理的・体系的に整理されているので、細かい矛盾点をもって揚げ足をとる必要はなく、このメソッドに「未必の故意」という法律用語を使うことに支障はないというのが私の結論です。

終ってみれば、なんだか提灯記事みたいになってしまいましたが、よく練られた考え方だし、釣りの世界に広く知られるようになるにもそれなりの意味があるのだと思うに至りました。