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菊地 量久

愛媛県

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人に聞かないという根源的な理由

元々美容師で36年前は丁稚奉公(でっちぼうこう)という修行のシステム。小さい頃に「あかんたれ」という丁稚奉公のドラマを見ながら苦労して成長していく姿を印象深く感じた。
初任給は住み込みで、手取り27000円
銭湯が300円で毎日入ると残り18000円でハサミから練習用のウィッグ
身の回りのものまでそのお金で賄わなければならなかった。
おかげで大好きな釣りは年間3000円貯めて一年に1度エサを買い釣りに行った。
丁稚奉公とは技術を見てならえと教えられた。
師匠の手、足元、姿勢まで一挙一動を頭に刻み込み仕事が終わるとそれを実践する毎日だった。

師匠は凄い美容師だったようで
他の美容室から美容大会に出るための技術の訓練に来るほどだった。

ある時習いに来てた方が愛媛県で優勝した
そしたら先生はワシがあの時ああしてやったからの~って
本人の努力を褒めず自分の功績を自分で口にした。
20にもなってない自分にもその言葉がどれだけ相手を傷つけまた自分を下げているか?分かった。
祝勝会が、一瞬にして静まり返った。

実はもう一度同じことがあった。
だから私は大会に出ようとは思わなかった。

話は変わるが、凄腕でメーターを3本揃えて優勝した人がいると思う、多分凄腕の記録で見たのだろうが

その人のコメントが「人に釣れるからと連れて行って貰って釣ったので優勝の実感が湧かない(趣旨)」と

釣り人は単独で、勝負している
人の力で勝った嬉しさと自分の力で勝つ嬉しさは天と地の差だろう

も一つ凄腕に初めて参戦したときの事
マツイカシーズンで初めての釣りにも関わらずランカー3本を釣り一時トップに躍り出た

その後一週間で愛媛県の東予地方に住む
後にテスターになる子があっという間に巨大な、シーバスを釣り上げて優勝してしまった。
なんという個体差だ
後で分かるが、コノシロがベイトらしく巨大な、シーバスが釣れるらしかった。
あそこに行きたい。

でもそれでは単に真似てるだけなのではないか?

デヘヘ、ちょっと釣れてるみたいなので来てみました

って自分が出きるか?

負ける悔しさもあるが
その地域性に依存しようとする弱々しい心にはなりたくなかった。

苦しい修行時代の見てならえから、
人にして貰うことによる恩着せ

そして人に担ぎ上げられての優勝に魅力を感じない。いや
俺が教えてやったからあいつは優勝出来たなんて一言も言わせたくない。

だからしまなみも寺岡君がいたから
仲良しだけど近寄らなかった。彼も開拓者だからだ!

だから人の居ない所を探そう
そうやって凄腕の旅は始まり

自分の見る力(観察力)で開拓していった。
うちの師匠は元ヤクザだったらしい

鬼瓦権蔵とご自分でも言っていてが本当に恐い顔だったしよく、ビンタされてた。

小さい頃からよくいじめられてたのもあるが
私がいじめが終わるとけろっとしてまた遊びに行くから私が痛くないとイジメッ子たちは思っていたのかも知れない。いや痛いよ。憎たらしいよ。

でも暴力を振るっても倍以上になって帰ってくるのだから自分の所で止めないと。

そんな生活が小学生時代にあった

だから修行時代も苦にならなかった

むしろいろんな事を乗り越えて感心してもらえる事が嬉しかった。

今も同じ
僕にプレッシャーを掛ければかけるほど反発し強くなる

不利や不幸は私にとっては成長材料以外の何者でもない。

そんな生き方が今でも役に立ち今回の開拓に繋がり結果となって現れてきた。

有言実行型
目標を高く持ち逆算して行動する、
目標をブレさせない

やけにならない
悪口を言わない

辛くても人に当たらない

人に頼らない

目標を途中で変えない
高い目標があれば、途中のトラブルも通過出来る

孤独なようで孤高です。

人と相容れないのかも知れない。大人になるとそれも個性の一つと実感しますね(^.^)

そんな数々の理由があり現在があります。

私の事を知らない人へ。




115cm105cm

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そして106cm

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