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関根崇暁

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BlueBlue.jpg 「背中に背負う蒼色は鳥から見た海の色」 「お腹に抱く蒼色は魚から見た空の色」 「BlueBlue 海を愛する人へ―」 「Where's your Blue?」 ima_banner.gif 株式会社アムズデザイン運営のima公式web site。シーバスルアーkomomo,sasuke等の紹介。ルアーテスターの釣行記、コラム等も掲載。

釣りに行けない休日。

年齢を重ねると共に、以前にも増して釣りを考える事が増えた。

なぜなら?の結論。「釣りに行けないから」である。

この冬も釣りに行く事が出来ない日々を悶々と過ごしている。

仕事、家族、釣り、相変わらずの三足の草鞋をかわるがわる履く生活。

僕の足は二本しか無いから、当然速くは進む事が出来ない。


全てにおいて進行速度は鈍化するのだけど、それでも地道に直向に進む以外の道は無し、一歩、また一歩、少しでも進む。

年々その足取りは泥濘を歩く様に重くなるから、進む事ができるうちに進めるだけ進む。

5年前も、10年後も、今も、そのスタンスは何も変わらない。

自分が選んだ道が正しかったかのか、間違えたのかは、ここまで歩いてしまうと、どうでも良くて。それよりも、今、直ちに出来る事の最善を尽くすしか無い。


無我夢中に釣りをしていた20代、若い頃は、20年後の自分がこんな事を考えて釣に行けない時間を過ごすなんて、まったく思いもしなかったが、人間はやがて年老いて行く、そして予期せぬか予期してか最期を迎える。

もし、そうなるとしても、遠い未来の事だと、意識から遠ざけていたが、そろそろ確りと考えないと成らない。


そう思い始めている自分がいる。

人生の中で ゆっくりと心と身体が変化して行く。 
常に、確実に、終わりに向いて行く。


この命が果てるまでの残り時間は、何十年か有るかもしれないが。

最終的には、何を見て何を目差したか?

それに向かい歩き続ける、考え続ける事でしかない。

それは、誰の人生でもない、自分の人生なのだから。

その中で釣りの目的とはなんだろう?

僕にとっては、余暇を有意義に過ごす為の娯楽でも、趣味嗜好でもなく、生活の一部に釣がある。

釣があると言っても、前振りで云ったように、毎日釣りばかりしているので無いから。

会社員としての自分、子供達の親、一家の主であるという自分がいて最後に釣りが来る。

釣に行けないからといい訳をして、釣りをしてないのではない。
常に、毎日、時間さえあれば、いいや無くても、釣の事ばかり考えている。

それは、向いている方向性の話。

他の商業アングラー、プロの皆様に比べたら、僕は、釣の腕は明らかに下のほうだし、大物を釣るなんてスキルは持ち合わせていない。

出来る事といえば、講釈を並べて文章を書くくらい。

だから、釣りに行けない分は、文章を書く事を続けている。

よく書く事があるね?なんて思う人もいるかもしれないが、ネタは無限にある、何もネタが無くても書きながら考えるからである。

既に釣のネタが無い事が重要なネタである。

何で無いのか?それを考えるという事で次に繋がる。

文章に添える写真は、何千枚も撮り続ければ、そのうち形が出来てくる。

それもこれも、なぜ釣りをしているのか?の答えを探すプロセス。

fimoにはF.A.A(フィーモアングラーズアカデミー)の前身に

「プロ養成塾」というコミュニティがあった。

今は別の流れのプロジェクトが既に動き始めているみたいだけど、詳しい事はわからない、守秘義務もあるから、参加者の方も、時期が来て動くのを待っているのだろうと思う。

「プロ養成塾」 実は最初、これが凄く気になっていたけど、

僕がfimo入会した当時、残念ながら募集が既に終わっていた。

気になっていたという事は、やりたい気持ちがあるって事であり、素直にやればいいだけの事だった。

もちろん手法なんてわからない、道筋なんて見えない。
今でもそれは同じだけど、気が付けばそう成っているもの。

成ったからには、自分が出来る事を出来るだけやるしか無い。

もう一度言おう。

僕にとって、釣の目的とはなんだろう?

大きな魚を釣って目標達成して以上終了なのだろうか。
なぜ?の要求に対して、大物を釣って満たされるのだろうか?

そこに対しては、何も触手が伸びない。

釣りをやるからには釣る為の最善を尽くすのは、きっと釣師としての当たり前の部分、僕の特色はそこには無い。

人それぞれ答えの出し方があるとは思う。
それは自由で良いはず。


何を見て何を目差すのか?

何を見て何を考え、何を伝えたいのか?

その自問自答は無限に続く。

そして釣に行く気持ちを高めて行く。
今夜こそ釣に行くか?行けるのか?

この道が途絶えぬ様に、三足の草鞋で歩き続ける。

きっと 出口は無いけど。
 

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