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関根崇暁

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BlueBlue.jpg 「背中に背負う蒼色は鳥から見た海の色」 「お腹に抱く蒼色は魚から見た空の色」 「BlueBlue 海を愛する人へ―」 「Where's your Blue?」 ima_banner.gif 株式会社アムズデザイン運営のima公式web site。シーバスルアーkomomo,sasuke等の紹介。ルアーテスターの釣行記、コラム等も掲載。

東京湾 利根川東遷事業と遡上魚達 その1

大昔、利根川と荒川は河口で出合い東京湾に流れ込んでいた。

この二大河川、それと大田区羽田に流れ込む多摩川が広大な干潟を形成した東京湾と関東平野を形成したとされる。

やがて、江戸時代、最初の将軍である徳川家康が命じた利根川東遷事業(とねがわとうせんじぎょう 1954~1654)にて利根川は鬼怒川に繋がり、銚子の海に繋がれた。

利根川も荒川も、暴れ川から田畑と日々の暮らしを守るための先人の知恵と人々力で作られた川なのである。

そうして、東京湾奥を始めとする、僕らのフィールドが人の手で作られたのだ。

利根川の中流部、ちょうど国道122号線の橋が架かる付近には、「川俣」という地名がある。

昔の利根川はここから二分して、北側は江戸川、南側は利根川、今と間逆の位置関係にあった。

現在は、関宿のあたりで江戸川が南側、人工的につくられた利根川が北側を流れている。

正直に言うと、「自然を求めて釣りをする」という言葉を耳にすると、僕は虫唾が走る。

もう、ウン百年から既に川の流れは人工的に作られ、幾度と無く付け替え工事、埋め立て工事を繰り返してきたのである。人々の暮らしの利便性と安全性の為に。

東京に鮭やサクラマス(川マス)、鮎が「帰ってきた!」なんて新聞の見出しを見ると、いかにも昨今のトレンドである環境に配慮した公共事業の成果なんて思ってしまうが、騙されてはいけない。

鮭もマスも鮎も、昔からずっといるし、ここ何十年かで消えた年、なんていうのを僕は知らない。

環境破壊が進んだとされる、戦後の復興期~高度経済成長期の昭和3839年の東京オリンピックの頃だって、春に鮎、サクラマスは利根川や荒川を上ったし、秋には鮭が上ってきて昔と変わらず産卵をしてたと川漁師には聞く。


ただ言うなれば、「河口堰」「可動堰」が建設されてから、変化はしたという事。


山から海に流れる水の水脈の大きなバランスが崩れたか?と聞かれればそうではないと思う。


見た目の流れを変えただけで、地下水脈という隠れた流れは、今も昔も変わらず流れている。


嘘だと思うなら、地面を掘ってみればいい、水は湧いてくるはずである。地下水という名で。



※本文には関係の無い水系ですが、河口のサーフで釣れたヤマメ・サクラマスの幼魚です。石に付いている緑色は海苔?

その中で、遡上魚達、両側回遊性の魚類はどうなったかを考えてみよう。

まずはわかりやすく「鮎」から、天然鮎が少なくなった要因のひとつに、養殖鮎の放流による河川ごとの鮎の血が薄れた事、ダムの放水による冷水病の影響なども考えられている。

本当か嘘かは知らないが、鮎師に聞けば、群れる鮎はおとりを追わず、仲良くしてしまうという。

それでも、稚鮎は春先大量にいるし、餌釣りで200も300も釣られまくっている。漁業規則的には違反、その多くは黙認。



そして「サクラマス」これはダムが多く出来た現代、「本流の冷水化」で年々個体数を増やし続けていると感じている。つまり、昔よりも釣れるようになった。河川残留の本流ヤマメ(川マス)も相当下流で釣れるようになった。



それから「鮭」これは国のサケマス増殖事業とかで国家的なレベルで取り返しの付かない事をやってしまった。人口孵化で大量に産卵行動をしてない親から作られた稚魚をばら撒き、海洋生活で個体数の増大による小型化は進み、食品としても市場価値の無い、南の川の鮭は川に溢れ、誰にも相手にされず、それこそ排水溝に集まる鯔のように群れているのが事実である。

これだけ海洋養殖の豚マスと、海外の名ばかりの養殖魚である鮭を食いまくる現代の日本人。

今更、日本の鮭の食味としての価値を向上させることや、毎年来てくれる命としての感謝の念を持つことは、出来ないだろう。


あ、だから釣っていいとか釣り人に釣らせろと言うのは、そもそもの論点がずれている。

僕が許しても、この国の法が許してはくれない、釣り人が犯している当たり前と感じているグレーゾーンの行為は極力控えるべきである、なぜなら、その行為に未来は無いのだから。

これに関しては、良い子の皆様はしないと思います、昔の僕の様な過ちを(笑)



続いて、地味なところでいうと、「モクズガニ」彼らは海から歩いて、鮎の瀬まで100キロ以上も旅をしてくる。


あの爪に生えたコケは長旅による風化現象であると。僕は勝手に解釈している(笑)



そして「鱸」これは話すと長くなるけど、利根川の魚、もともとは東京湾の魚って事です。

銚子の魚は●川とか○○川に上っていたのが本来の生活史です。


稚鮎を追って遡上、落ち鮎と共に落ちる。
なんていうのをよく耳にするけど、これも聞いていてコメカミが痒くなる。

僕が見てきた上流部の鱸達は、春の一時期以外は鮎を追っていない、川海老とかドンコとか、ニゴイとかカマツカととかフナ、鯉、変わった所では蛙なんかを食べていたりとか・・・

雷魚とか鯰とかの魚食性の生態系の頂点の魚達が食べているものと同じで、現に同じ場所で、それらが釣れる事からもそれが事実ではないか?と思っている。



最後に結論を言うと、「生き物は強かである」ということ。

大きく環境が変わっても簡単に消えてはなくならない。
でも、些細な事で、急に姿を消して絶滅してしまう事だってある。

どれが生き物にとって正しい保護なのか?それは僕等、陸上の生物の目線では計り知れないって事。


次回に続きます 不定期ですがシリーズでお送りするかも?






利根川東遷事業を詳しくしりたい方はこちら↓
http://www.ktr.mlit.go.jp/tonejo/shoukai/2-2.htm

東京湾のサクラマスの漁獲についてはこちら↓
http://www.ifarc.metro.tokyo.jp/22,294,47.html

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