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関根崇暁
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▼ 誰かに伝えたい気持ち
- ジャンル:日記/一般
- (嗚呼釣人生)
人はこの世に命を授かり、そしてこの世を去るその日まで確かに生きた時間がある。
今日は1年ぶりに90歳になる祖母と話をする機会があった。
「忙しいだろうから、帰って来れないだろうけどねぇ、私にその時が来たら駆けつけなくてもね、誰かに話を聞くだけでいいから。」
受話器の向こう側、耳の遠くなった祖母は一方的に話して来るけど、自分の死期に対して心の準備が出来ている様子だった。
僕は励ます事も、否定する事も出来ずに言葉を呑み込んだ。
相槌を打つのが精一杯だった。
空が鉛色だったある冬の日、20年前に僕に釣りを教えてくれた祖父は静かにこの世を去ったけど。
それから祖母は強く生きてきた。
本来、人は人に死を語るべきではない、僕は強くそう思う。
それでも、話してくれた祖母に対しては「ありがとう」を言いたい。
やがて来るであろう、最期を前にした祖母に純粋に伝えたい気持ちである。
それが別れの言葉なのかはわからないけど、今日の日を忘れてはならない気がするから此処に綴る事にした。
今から50年後、僕は祖母の様になれるだろうか?
当たり前だけど人生を全うする事は容易い事ではない。
自分が小さい事に悔しさを覚える毎日ではあるけれど。
それでも、歯を喰いしばって生きる事。
人が生きてゆくのに彼是飾る必要は無いもの、筋道は一つあれば十分だ。
人は誰かの為に何をするか?で人としての器が決まると思う。
何かを犠牲にして生きる、それが犠牲と感じているのなら、犠牲と感じている心が貧しいだけだ。
自分の為に誰かが犠牲になってるのなら、直ちにその自分を止めるべきだ。
釣りをするのに犠牲は要らない。
命、家族。
釣り以外にも大事なものは、沢山ある。
どれでけ魚を釣ったとしても、瞬間的な満足はあったとしても、釣りには終止符は無い。
限られた時間の中で、どう生きてどう釣りと関わるか?
今は、それが僕の釣りであり、生き方である。

ここでは生死をテーマにしたログは重いかもしれない。
それでも何時も肌で感じていなければいけない事。
生きる理由はわからない。
でも、我々はその理由を探す為に生きているのだから。
- 2014年8月25日
- コメント(2)
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