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関根崇暁

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BlueBlue.jpg 「背中に背負う蒼色は鳥から見た海の色」 「お腹に抱く蒼色は魚から見た空の色」 「BlueBlue 海を愛する人へ―」 「Where's your Blue?」 ima_banner.gif 株式会社アムズデザイン運営のima公式web site。シーバスルアーkomomo,sasuke等の紹介。ルアーテスターの釣行記、コラム等も掲載。

ベットの隣で考えた事

突然の家族の入院、それは世間で言うところの大変な状況にあるのだが、僕の家族はそれにも慣れていて慌てる様子は無い。

彼是、この3年だけでも20回以上の入退院である、妻は手際よく自分の仕事と子供看病とのバランスを取り、僕の役目を時間割で指示してくれる。

そんな賢い妻を持った事は幸せな事かと思うようになった。

そんな事もあり、昨夜から息子が入院している病棟に付添いで看病にきている、この建物は5階建、病室は最上階の5階なので、筑後平野を一望することが出来る。


きっとこの時間は釣りに一番遠いところにいる時間である、携帯電話で情報少し見る意外は外部との情報はまるで無い。TVは有料なのであまり見る気がしないのと、普段からあまりTVを見る人間ではないのでどんな番組があるのかさえ知らないでいる。


病人の付添者には、意外と時間は無い、自分の食事も取れないくらいやることがある、一日三度の食事だけでも薬を飲ませる時間まで入れれば毎度1時間以上かかるのである。

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彼はまだ言葉を話す事が殆ど出来ない、表現は泣くか笑うか怒るしかない、実は親子でさえ意思の疎通が円滑に出来ない事が多々あり、その都度、彼は癇癪を回す、他人の子供ならば、僕はそれに耐えられないかもしれないが、わが子であることの意味は大きい、彼の全てを受け入れる愛情を持って育てるべきものであると思っている。


世の中には介護を必要とする弱者が大勢いる、病気の子供だけではなく、老人もそうだろうし、病気を持つ家族がいるだけで、それがどれだけ大変な事か、実は僕もこの子が生まれるまでは知らずにいた。

自分が健康で家族が健康で元気である事、それはどれだけ幸せであるのかと思う。

少し昔、僕等の親の世代、それ以前は、この日本も3歳までに亡くなる子が多かったと聞く、息子はきっと60年昔ならとっくに亡くなっていてもおかしく無いのかもしれないが、これまでも医学の力で生命の危機的な状況を何度も超えてきたのである。

今回も、今度も越えられるさと、僕はどんと構えている、父親はそういう存在であるべきものだと思うからだ。

本当に現在の医療は優れている、だからこそ僕らは何度も生かされ、青空の下、笑顔で笑う事ができる。

僕は父として人として、まだまだ器が小さいけれど、この子の親として出来る事は出来る限りしてやりたい、一分、一秒、わが子と関わる全ての時を噛締めてゆきたい。それは野山や海で遊ぶ楽しい時間だったり、病の痛みや苦痛と闘う時だったり、誰にもわからない寂しさや悲しさも時には感じてあげたい。

僕は、暖かな家族に育てられたにも関わらず、若気の至りからか小さな意地の張り合いや、想いや表現の食い違いで背中を向けてしまい、家族には苦労も心配もかけてしまった。世の中との不愉快な関わりを断ち切り、何年かは孤独な釣師として生きてきた。


端から見れば自暴自棄に見えるかもしれないが、僕にとっては、それも釣りをする生き方の試行錯誤であり、そこで今必要な多くの事を経験した。釣りと自分との関り方のバランスが程よい加減で暮らしてゆく事が、何しろ凝り性の僕には必要だったのである、そればかりに日々の生活のベクトルを全てを向けることは、継続ではなく失速を招くという事である、それから現在まで随分時間が流れて、結果、同じような家族に恵まれた。

そんな僕ではあるけれど、多くの人に伝えたい事がある。

一見、自分の居場所は何処にも無いように見えるもの・・・でも、今貴方がいる家族がいる場所が、大切な場所である事に変わりは無いのだから。

もし、居場所がそこではないのであれば、自分の居場所は自分で探すしかない、楽しく釣りをするのは、人生を楽しく生きていく事と同じ事。

つまり、日々の人生が楽しくなければ釣りを本当の意味で心から楽しめないって事です。


さて、21時を過ぎたところで3歳の息子は静かに寝息を立てた、夜鳴きはするだろうけど、少しだけ僕の安らげる時間だ。

その隙にささっとログを綴っている、それをベースに肉付け、削りを施し、最終的なログを仕上げるつもりである。

季節は、夏が終わりかけ秋は近い。

先日、夏の終わりの大雨が降った、昨年の九州北部豪雨を思い出すような雨の瞬間的には降ったのだけど、その時間が長くは続く事なくほっとしている。

この雨の影響で、数日前、清流鱸を釣ることが出来た渇水の筑後川も茶色の水面が大きく膨れ上がり、別名「一夜川」ここにありとばかりに、その水勢を誇っていた。

一夜川というのは、大雨で一夜にして流れを変えてしまう暴れ川であった筑後川のことであるが、偶然にも僕等の釣り言葉には「一夜一本」というのがある、意味は一夜一本の出逢いに感謝できる釣りがしたいという事なのであるが。

ブログを始めて釣行記を書くようになり、良い魚を釣ると、多くの人に「次は○○オーバー」をとか「更なるランカーを」などと励ましの言葉を頂くのであるが、僕にとっては少ない釣行での100%を毎回やっているつもりであり、それ以上は正直難儀しているもの、僕に釣りのスキルがあれば、そういう演出も出来るかもしれないけど、僕にはきっとそれは難しい、そう、その言葉は嬉しくもあり、厳しくもある。


どんな状況でも釣果としての結果を出すのが商業アングラーとしての一つのあり方かもしれないが、今回の子供の入院のように、僕のあらかじめの釣行予定は突如中止になるもの。

ならば行けるときに行く、行けないときは行かない、そんなスタンスで此処数年は釣りをしている。

僕の中では大物を釣る時期や人と勝負をする時期は随分前に終わっている、釣れるかもしれないという夢の魚をひたすら追い続ける、淡々と釣行を重ね、やがて夢の魚に巡り会う、その過程を楽しんで頂けたとしたら幸いである。

記録や大物を追う事、他のアングラーと勝負することは、色々な事情があり、僕には難しい。

その難しいという理由のひとつ、言い訳のひとつは家族の事、僕の人生の優先順位、その第一位は釣りでないのである。

正確に言えば、一時期、第一位だった事もあるがそれを続ける事を選らばかなった、四六時中寝ても醒めても釣りという生き方を続けていたら、
きっとブログは書いていないし、商業アングラーにもなっていない。

「釣師であってライターではないのだから、記事は書かない」というのが当時の僕の考え。

ところが、人は変わるし時代も変わる、今は、商業アングラーとして記事を書いている、しかも無料で発信している、この記事自体は何も利益を生まないもの。

読者の皆様へ、そんなログを丁寧に心を込めて綴るのは、云わば単なるサービスである、仮にこの文章に値段が付くのであれば、それは釣り作家であり、フィッシングライターであるが、今の僕は物書きではない、メーカーと契約している商業アングラーである。

未来に物書きとしての道があり、何時かそうなるチャンスがあるとしたら、今はそのときのための準備期間であるかもしれないとは思うが。

仕事をして家庭を持ち、何処にでもいる釣師で少し物を書くのが好き。それで良いと思っている。

世の中には、釣りに行きたくても行く時間の無い人が大勢いる、新しい釣り道具を買って、釣りに行く夢を見てはいても現実の状況がそれを許してくれない人がいるのである、僕はそんな、家族との時間と、釣りの時間のバランスで悩む人の為に、今日も明日も釣りに行けない釣師のために。

そんな人に少しだけ何かを見せたい、こんな僕でも釣りを楽しんでいるということを伝える読み物としてどれだけ読者の心に引っかき傷残せるかが勝負の場所だと思ってる。

僕が契約メーカー他、お世話になっている方々に出来る事は、それだけだから当初の約束どおり、出来る事を出来る限り全力でする限りである。

現在、この釣り業界には、これだけメディアアングラー、テスター、モニター溢れている。

その他大勢に埋没した個性などに、きっと価値は生まれない。

釣果や釣行日数で他のアングラーに対して、この状況にいる僕は残念ながら他のアングラーよりも劣る。

そういった意味では、新しい釣り方、新しい道具、新しい釣り場、新しいターゲットの開拓、それを実演して人々に魅力を伝えて行く事、もちろんそれは大切な役目であるとは思う。

それでも釣りには基本があり、基本を無視した秘策など無いのである、しっかりとした軸を持つ釣りでいて新しい。その先に生まれる結果や価値。

この先、きっと今まで以上に多様化が求められているのだろうけど、他との明確な差別化を図るのは、この凄いルアーで何センチ釣りましたってのを繰り返す事にも限界があると思う。

今までの記録的な数字に出せる大物や数を示すという方向性以外で、メーカーや商品の魅力を伝える必要があると思う。

本当の意味で理念や人を買ってもらう時代だということ、釣りの楽しみ方を伝えるのに、楽しんだ後の結果を繰り返し見せるだけの時代ではない気がしている。

それは、あくまでも僕の考えと手法なので、それが正しいかどうかは消費者である皆様が決めるといのが大前提での話。


多くのアングラーは、業界から発信される情報が宣伝記事で溢れていることを知っている。

どんなに小手先の手法を変えても、その仕組み自体は変わることが出来ずにいる、何でも黎明期はコレが効果覿面といえば、誰でもそれを使うものであるが、そんな時代が終わり、釣りの楽しみ方が結果を優先であるという時代を終えるとしたら、物を使って得られる釣果よりも、そのルアーを使いどんな時に何を得る事が出来るか?の方が重要だったり、どんな楽しみ方があるのか?が問われるものだと考えられる。

そんな状況の中で、自分の色を出すべきところを見失うと、自分自身に商業的な価値を生み出すのは難しいと思うのである、僕が目差すものは、そんな溢れる大多数の中で、明確な差別化の先に生まれる価値、このルアーは凄いではなく、あの関根がコレ(メーカー・商品)を選ぶなら使ってみようと思われることが目標なのである、今の僕が出来る事、まずは家族と釣りとの両立と少ない時間で釣り、その楽しみ方を伝えて行きたい。

この先、「魚は簡単に釣れないよ!だから釣れたときが面白い!」って人が少しでも増えたら素敵だし、なかなか釣るチャンスが無い人でも信じて使ってしっかり一匹を釣ってるルアーって魅力的に感じるもの、魚との出会い、チャンスの少ない人ほど本当に良いものを使うべきだと伝えて行きたい。



今、子供が病弱で大変でも、何時か元気になれば釣りは出来るときが来ると思う、そのときまで、釣りに行たい気持ちをぐっと我慢するのも、その後の釣りを楽しくするための大切な時間である。


色々な意味で、釣師としても父親としても男としても、見た目派手な偽者ではなく、堅実で地味な本物になりたい。



三歳の息子がすやすやと眠るベットの隣で、そんなことを考える夜だった。

はやく元気になろうね!

追記:今週末退院できそうです、ご心配をお掛けしたしました。


■何時も釣れない釣師のログをご覧頂きありがとうございます。


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