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関根崇暁

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BlueBlue.jpg 「背中に背負う蒼色は鳥から見た海の色」 「お腹に抱く蒼色は魚から見た空の色」 「BlueBlue 海を愛する人へ―」 「Where's your Blue?」 ima_banner.gif 株式会社アムズデザイン運営のima公式web site。シーバスルアーkomomo,sasuke等の紹介。ルアーテスターの釣行記、コラム等も掲載。

そろそろ、4合目に行かないか?


釣りとは何か?

竿や糸、釣針や疑似餌を使って魚を獲る行為で英語で言えば「Angling」釣術である。

僕等は釣師、釣り人は「Angler」アングラーと呼ばれる。

釣りには二つある。
ひとつが、釣った魚を食べる、酒の肴に、晩御飯のオカズにす魚を獲る釣り、それは本来の食文化としての釣り。
そして本職、漁という職業の釣り、漁業、漁師、川漁師、山の職漁師、本来釣りのプロはこちらの方を言う。

僕等アングラーの釣りはどちらでもない気がする。
ゲームフィッシングが市民権を得て、キャッチ&リリースが、フライの鮭・マス釣りから始まり、バス釣りと浸透してから、釣れた魚をリリースする人が増えた。命を大切にする意味でのリリースは賛成だが、魚を捨てているだけの行為に見える事もある。リリースには、逃がす、活かす、命を奪わない、未来に繋げる、子孫を残してもらうなどの意味があるはずであるが、最近はこのリリースにも疑問を感じる。

先人たちは魚という資源を絶やさない様に、もっと増えると様にと放流とリリースを推奨してきました。

そして現在のフィールドがあります。

今の時代は道具も情報も進化して、誰でも順序を正せば結果への近道を進む事が出来る。

下手な技術は要りません、優れた道具がサポートしてくれます。
経験なんて要りません、情報は世の中に溢れています。
お手製のルアーなんてのも要りません、良いルアー釣具屋に沢山置いてあります。

情熱さえあれば、誰でも結果に辿り着く事が出来る。

半年、1年前に始めた貴方と、半世紀釣りしている僕とでは、釣果に差なんて無い。

むしろ、固定観念の無い、ビギナーの方がランカーに遭遇するチャンスが多いかもしれない。

今日は皆様に、初心者さんではなく、特に腕の良い方、上手な方、ベテランの方へ問いかけたい事が幾つかあります。

それは、その魚を本当に釣る必要がありますか?
満足したらどうですか?

次の方にその簡単に釣れる特等席をお譲りになりませんか?

ということです。

具体的に例をあげるならば・・・
今日5本シーバスを釣った、腕の良い貴方は、もう1本釣る必要がありますか?

もう寿命が終わろうとしているメーターオーバーの鱸は誰の為に、何の為に、釣るのですか?

メバルにアジ、簡単に数か釣れるとあれば際限なく釣り尽くす、毎日、毎食のおかずとして、食べるのですか?

冷蔵庫先週の魚がありませんか?

俺は釣りたいから釣る。

確かにそれも良いと思います、個人の自由です、釣った魚をどうなさろうと、どうぞ勝手に、ご自由にされて下さい。

ただ、そういう時代もやがては終わります、釣りそのものを飽きて止めてしまうかもしれない。

また、絶対リリースと唱える方、たまには食べてみて下さい。
本来の釣りは「釣って食べる」ですから。

リリースした魚の生存率ってどんだけなの?って思います。

そもそも、リリースすることでしか維持できない状況の釣り場ならば、釣る行為を止めれば良い。

ええ格好をして、優しくリリースと言いますが、貴方が釣らなかった魚が本当のネイティブです。


そこで、本質的な部分で、必要以上釣らない釣りを推奨したいと思います。

簡単に言うと、満足以上の魚は、要らないという事である。
もっと釣れるなら、釣らせてあげましょうよ、後ろで待ってる誰かに。

少し棘があるかもしれまんが、僕の個人的な意見です、今からどうするべきかを考えて欲しいだけです。


fimoの理念の中に、3合目:釣り人の交流、4合目:マナーの回復、広大な裾野の形成、自然保護、義務、権利・・・とあります。

もう既に、3合目は登っている感じはします、ここで沢山の交流がありました、僕の釣り人生の中で大切な方々に出逢う事も出来ました。

挨拶はfimo以前に常識です、釣り場で挨拶出来ない人は公の場であるフィールドに立つ前に・・
fimoというよりは社会人として、大人として問題です。

大多数の人が挨拶をすれば、それが普通と呼ばれ、常識となり、挨拶しない人は非常識と呼ばれる日が来ます。

必要なのは挨拶だけです、相手の意思を無視した、挨拶しての割り込み、その場で駄弁りは別の問題です、今、釣りをしているその時間が大切な人もいます。マナー違反です。

4合目のマナーの回復、ズバリそれは譲り合う精神じゃないかな?と考えています。

そこで、実例をひとつ、鯵子釣りに行った話(笑)

そこは波止場の釣り場で、ご年配のベテランさんに、僕は「こんにちは、隣に入って良いですか?」と挨拶をした。「おいはもう満足したけん、帰るからここでやらんね、そんで餌が余ったからコレを使え」と青虫を頂いた。

「これで何が釣れるのですか?」と聞くとカワハギだという。

もちろん、そんなこと知らなかったから、仕掛けを持ってない。

でも

「ここで釣れるからやってみなさい」これって凄く大事な部分、人に釣りの楽しさを伝えるというのはそういう事、答えを教えるのではなく、道筋を付けてあげること。

数年後の今年の夏、僕は子供を連れてその釣り場を訪ねた。
今度はカワハギの仕掛けと青虫を買って。
 

想像以上に沢山釣れた。食べる分だけを釣って、帰ることにした。

この日は僕が魚を釣ったんじゃなく、ご老輩に釣らせてもらったという事。



夏の高い青空にありがとうと想った。

そこから感謝の気持ちが生まれる、誰かに同じことをしてあげられる釣師になりたいと思った。

釣りの意味

釣りの目的

釣りの未来

そこで釣れる事の証明だけあれば、初心者は自分で結果に辿り着く事が出来る。

何時か誰かの道筋を付けられるような大きな男になりたい。

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