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上宮則幸

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因と縁 13

200?/04/2?

「じゃあちょっと行ってみるか?!」
女は、男のいつもの落ち着いた甘い声が少年のような弾む声に変わった事に先ず驚き、そしてあまりに唐突過ぎる誘いに考える余裕も無かったが、勢いで、うんと答えた。

目的地に着くまで男は何か良くわからない用語を使って、得体の知れない話しをまくし立ててはいるが、今から起こる事が如何なるものであるか?女には想像すらできない。
不安が込み上げ男の一方通行の話しは全く耳に入らない。
意を決してそれを遮り、漸く女は小声で聞いた。
こんな格好で本当にいいの?
男は大丈夫大丈夫!と繰り返した後もその言葉の前と変わらず、良く分からない単語を連発し始めた。




女は男の訳知り顔と繊細な所作に惹かれた。
カウンターの向こうで痩身を細いパンツにシワ1つないシャツとジレに包んだ男の顔は、夜行性が染み着き白い。
タンブラーとマドラーを繰り、稀に語る小噺のセンスも女の好みだった。
いつの間にか親しくなり、男の休日に、彼のクルマの助手席に初めて座らされた時、女はシートの上に何か得体の知れない機械を見付けた。

ステラ、魚釣りの道具。
微笑みながら甘い声で男は言った。
女はこの男が魚釣りなどすると言うのが意外に思えたが、その精巧そうに見える機械をオモチャのように拾い上げた時に、暗い車内で誤ってシートの足下に取り落とした。

ふざけんな!何やってんだ!
豹変した男の声にハッとなり、その険しい表情に恐怖を感じた。


その日はクルマから叩き出されたが、翌週、女は男の詫びを受け入れた。
その時に誘われたのだ。
「じゃあちょっと行ってみるか?」





春とは言え深夜、肌寒さを感じないわけがないが、衣服の上から着るように男から差し出されたのは、黒い胴長と雨合羽の上着。
首にはライトを着けろと。
そして、真っ暗の夜の川に浸かるなどと男はにこやかに笑い言う。
「楽しいんだぜ!」

わけの分からぬ格好をさせられ、意を決して歩を進めた暗い川の中から感じるのは恐怖だけ。
そして何をすると言うのか…

川の真ん中で魚釣り?!

恐怖に怯え、どれくらい水中を歩いただろうか?
男はおもむろに止まった。
「ここから3歩前に進んだら君は流されてしまうだろうから、ここで待ってて」

狼狽える女を尻目に、男は何故か、流されるぞ!と彼自身が言った筈の激しい流れに、ウエットスーツに包んだ痩身を首もとまで浸して釣竿を手に突き上げ流れを泳いだ。
泳いだかと思えば、浅瀬があるらしく、彼はヘソより少しだけ浅い位の水深に立ち、徐に釣竿を振った。

「見てろよ、今釣るから」
10mとは離れていないが、あまりに非現実的な状況に足がすくむ。
直ぐに男が叫んだ
「よっしゃ!」



ああっ!
うわっ!
とっと!

突発的に男が声を発するが、闇に遮られ何が行われているのか良く分からない。
「PEが細いから…0.8…」

どうなってるの?ねぇ、どうなってるの?
女は不安に駆られて叫んだ。
「君はそこに居て!おれはコイツとちょっと下るから!」
コイツって?
「カワヌベ!」
カワ…ヌベ?!

10分?15分?
いや、それは女には1時間にも2時間にも感じられた恐怖の時間。
遥か下流で男のライトが灯され、大きな水飛沫が見えた。
ライトの閃光は手元の水面を照しているが、それが激しく揺れる。
揺れる度にまた水面が爆ぜる。
やがてライトは揺れなくなり、漸くゆっくりゆっくり、流れに逆らい戻って来る。
女は男の元に駆け寄りたいが、彼の言い付けを護ったほうがいいと本能的に感じてその場に居続けた。

荒い息遣いが近づく。
彼の甘い声が女の鼓膜に響き、安心が訪れたと思った。
「やったよ!」

その存在すら忘れていた首もとのライトのスイッチを押して彼を照した。
男は満面の笑みで左手に鈍い光沢のステンレスの棒のような物を持ち、それを水中に突っ込んでいる。
そして、そのステンレスの棒の先に何かを繋いでいる。
女はライトをその何かに向けた。

真っ赤な血のような色をした丸いものが二つ。
何か得体の知れない恐いものが居ると女は思った。
男に渡され女が竿を預かると、彼は暗い水の中に手を突っ込みそれを抱えた。
そして、甲冑のようなブロンズ色の鱗を纏った、恐ろしくも美しい巨大な生き物が水面に現れた!!











2017/04/25

女は彼女の誕生日の朝に目覚め、子供の安らかな寝顔を確認した後、ふと思い出した。

夫となった男は昨夜、どうしても!と言い、またあの川へ行った。
なにも、わたしの誕生日の前日にまで寝ないで釣りしなくっても…

ふとスマホに就寝中に受けた未読メッセージがある事に気付く。
男からのおめでとうのメッセージ。
そしてメッセージには画像が1枚添付されている。

それを見た刹那、不思議に鼓動が高まり、あの数年前の夜の事を女は思い出した。
瞬間に女の全身を総毛立たせた、カワヌベと呼ばれるあの巨大な生き物の、紅い瞳の神々しさを…


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