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僕がアピアに入るまで その2 by村岡昌憲

その1はこちらから
 
 
 
 
 
 
その電話は夜に掛かってきた。
 
ルルルルルル
 
「もしもし、、、」
 
 
声の主は艶のある声をした若い女だった。
 
女?
 
女は自己紹介を済ませると単刀直入に本題に切り込んだ。
要約はこうだった。
 
僕がロッドメーカーを変えるという話を人づてに聞いた。
 
私達は釣り糸のメーカーだけど、得意の炭素素材を生かしたロッド事業への進出を計画している。
 
僕にはルアー部門におけるロッドデザイナーとしての立場を用意していると。
 
「時間がないの。どうしても明日、お会いできるチャンスを頂けますか?」
 
そう言って女は電話を切った。
 
次の日、僕は先約の接待を終わらせ、少し酔ったままで、待ち合わせ場所に指定された新宿の外資系ホテルのロビーへ向かった。
 
時計はすでに21時を回り、僕は終電の時間を少しだけ考慮しながらロビーに入った。
 
ロビーはまばらな人影しかなく、あたりを見渡すと自分に気付いて立ち上がった女がいた。
 
年の頃30歳くらいだろうか。
背の高いスラリとした美人だった。
 
僕は予想外の美人の登場に動揺して、思わず立ち止まった。
 
その女は僕の方へと歩いてきた。
 
胸元が大きく開いた紺色のスーツを着ていて、透き通るほど透明感のある白い肌が作る谷間が僕の目に眩しく飛び込んだ。
 
日本人離れした美貌はどこかの血が入っているのだろうか。
 
僕を見て微笑む瞳はやや緑がかった翡翠色の色をしていた。
 
耳元に同じ翡翠色のピアスをしていて、それが瞳の色と合って美しさを際立てていた。
 
「私はアンナと言います。」
 
その名前が日本人の名前なのか、外人の名前なのかわからないままに、僕はアンナの案内で階上のフレンチレストランに案内された。
 
こんな高級なレストランで飯を喰うのも、こんな美しい女と正面で向き合うのも生まれて初めてだった。
 
料理はフルコースに近いものが出てきたが、すでに前の店で食べたために少し残してしまった。
 
緊張する僕を前にアンナはほとんど一方的に話をした。
 
世界的な繊維企業のT社がNASAなどの宇宙産業で多用している炭素素材技術を生かしてロッド産業に参入する計画を練っているという話であった。
 
T社は既に釣り糸のメーカーとしても釣り業界内で屈指のメーカーであり、販路は十分にある、はずだった。
 
技術的にはそのカーボン繊維は革命的な軽さと感度と飛距離をロッドにもたらすものであり、これから開発される製品の他のメーカーに対するアドバンテージは揺るぎないものになる。
 
事業の成功のために重要視しているのはその開発と広報に関わるプロスタッフであるとの事であった。
 
既にブラックバス部門は人選が決まっていて、硬派を売りにしたIプロと内密に合意しているとのこと。
 
そして海のルアー部門は僕をメインにしてプロモーションを行っていきたいとの事だった。
 
実は数日前にアピアには契約に向けて具体的に進めていきたいとの話をしたばかりだった。
 
それが頭によぎったが、今までより一桁大きい契約金、そして海のルアー部門の販促活動になるだろうという事でボートの供給までついてくるとの話であった。
 
「でも、私の方はアピア社にも前向きな話をしています。先方とも話をしなければならない。少し時間をください。」
 
そう、僕は言って今日の話を預かろうとした。
 
「わかりました。その返事はいつまでにもらえますか?実は前にも申し上げたとおりこちらにはあまり時間が無いのです。」
 
アンナは耳につけていた翡翠のピアスを外しながら、そう答えた。
 
「3日ほどください。」
 
「わかりました。そうそう、あと一つお願いがあるの。」
 
女はそう言いながら書類をまとめ始めた。
 
「実は今回の件は私たちの会社内では炭素素材事業部が推進しているの。釣り糸の事業はナイロンを生産している繊維事業部がやっているのだけど、そこにこちらの動きは悟られたくないのです。
私たちの勝手な都合で申し訳ないけど、この件は一切口外しないでいただけますか?」
 
女はそう言いながら立ち上がった。
 
僕もナプキンで口を拭き、イスに掛けていたスーツの上着を羽織りながら立ち上がった。
 
「次回は私の上司にも会って頂けますか?会社としての方向性について貴方にお話したいと上司から言われております。」
 
そう言いながら、女は僕に近寄ると、長い腕を僕の首に巻きつけて身を寄せ、耳元で囁いた。
 
女の豊満な胸が左腕に当たる。
 
女から香る甘美な香りが僕を包んだ。
 
「ミスディオール・・・」
 
 
「あら、香水に詳しいのね。
今度、この件は抜きにして私と会いましょ?私、あなたに興味があるの。あなたの事をもっと知りたいわ。」
 
 
美しい女にこう誘われるのは初めてでは無かった。
 
過去に二度ほどあった美女からの誘いは、一度目は英会話の教材を売りつけられそうになったし、二度目は経営塾への勧誘だった。
 
こういう展開に甘い話は無い。
 
頭では解っているが、女から漂う香水の甘い香りが鼻の奥を粉っぽくくすぐる。
 
それが僕の理性を麻痺させる。
 
恐らく動揺で眼が泳いだだろう僕は女を直視できず、女の真意もわからずに、小刻みに首を縦に振るしかなかった。
 
 
 
 
 
 
時計の時刻は終電の時間を過ぎていた。
 
女はタクシーに乗って新宿を渋谷方向へ走り去った。
 
それを見送った僕もタクシーを捕まえ自宅へと帰る事にした。
 
タクシーの中でも女の香水の香りが鼻にまとわりつく。
 
臭気判定士という仕事柄、香りやニオイというものに関心が高い。
その甘く粉っぽい香りは、過去に僕を罠に嵌めた通称バーバリーの女がつけていた香水に似ていた。
 
車に揺られながら僕は記憶を辿っていた。
「あれから3年か、、、。」
 ※この件の詳細はTSNを参照
 
 
 
 
あの時どうすれば、、、?
その壮絶な記憶を辿っているうちにいつの間にか眠りに落ちていた。
 
「お客さん!この辺でいいの!?」
 
運転手のハリのある声に僕は目が覚めた。
それは自分のマンションの真ん前だった。
 
タクシーを降り、家に入る。
 
 
 
 
 
「ただいま。遅くなった。」
 
思ったよりワインを飲んでいたのだろう。
 
緊張した疲れもあってか、そのままリビングのソファにどっかりと座り込んだ。
 
「あらあら、スーツがしわくちゃになっちゃうよ。」
 
嫁がそう言って駆け寄り、僕の上着を脱がそうとした。
 
 
嫁の鼻がスンスンとなる。
 
(しまった!)
 
顔の血の気が引くのを自覚しながら起き上がろうとすると同時に、嫁が声を出す。
 
「あら?なんかいいニオイ。香水?なんで香水の香りがするの?」
 
スーツに鼻を当てながら嫁がすねた顔で僕を睨んだ。
 
 
 
 
とっさの言葉が出ない。
 
「あ、えっと、あの、、。」
 
ポケットを探っていた嫁の表情が急変し、しどろもどろの僕の顔の前に手を突き出した。
 
 
「これは何よ!」
 
 
僕の顔の前にあったもの。
 
 
 
それはあの女の瞳の色に似ている翡翠のピアスだった。
 
 
 
 
 
 
 
その3へ続く。
 

 
 
続きは次回12月の担当日までお楽しみに。
 
 
 
 
 
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