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俺がアピアに入るまで by 村岡昌憲

はい、今日のアピアブログ担当はプロスタッフ村岡昌憲です。皆さんここでは初めまして。

 

 

さてさて、釣りの話も家族の話も自分のブログでよく書いているので、ここは僕とアピアの話を書いてみようかと。

 

 

 

 

僕とアピアの出会いは2000年を過ぎて何年かあと。

 

俗に言う、ある日のことだった。

 

いつもお世話になっている雑誌、当時のルアー情報(現SALTY)の編集長を務めていた杉田さんからお電話を頂く。

 

杉 「村岡さん、アピアさんって知ってますか?」

 

村 「はい、知ってますよ。よくそこで買い物しますよ。」

 

杉 「はい? アピアさんはロッドのメーカーでジギングロッドなどをやっているメーカーさんなんですが、、、。」

 

村 「あ、そうでしたか。札幌のショッピングモールではなくて! あー、この間もドーム下で女の子と待ち合わせしたばっかりだから、てっきりそこのことだと思っちゃった。てへへっ。」

 

杉 「あ、ああ、そうでしたか。」

 

村 「で、そのアピアさんがなんですか?」

 

杉 「お電話ではなんですから、一度お会いしてみませんか?」

 

 

 

ということで、これまたある日のこと、八重洲の地下街で宇津木社長と初めて会うことになるのである。

 

 そこで、宇津木社長と色々お話をさせて頂いたのであるが、詰まるところアピアとしてのシーバス業界進出をしたい(すでに風神号は販売中)とのことで、僕と一緒にやりたいとのことだった。

 当時の僕は思いっきり素人というわけではなく、すでに何社かと契約を結んでいるプロアングラーだった。僕の主宰する東京湾奥シーバス情報というwebサイトは自分で言うのもなんだが、シーバス業界では文句なしのぶっちぎりアクセスを記録していた。掲示板は毎日すごい数の書き込みがあり、アピアスタッフのマツデラさんともここで論戦を交わしたシュールな出来事もあった。

 

ロッドについては、メガバス社と契約し、バスロッドのデストロイヤーで頑張っていた。長いロッドは契約はしていなかったが、アングラーズリパブリック社からロッドを頂いていた。

 

メガバスのF3-610(通称ロクテン)、アンリパのサーフスターSGP-86Lは大人気ロッドになっていて、それを使ってくれているユーザーのことを考えると安易な移籍はできるはずがない。

 

それで、まずはブランクスを見てみないことには善し悪しもわからないし、一度試投することになった。

 

一週間後、僕の家に送られてきたのが、風神号L-86とL-78だった。(当時はパワー表記が前で、レングス表記が後だった。)

 

 

 

確かバリバリのハイシーズンだったのを覚えている。

 

場所は忘れもしない豊洲水産埠頭。今は入ることができないが、桟橋に立って内側を向き、岸壁の壁を撃った。明るいのとアキュラシーを見るのにはぴったりの場所で、ロッドのテストの際はよく使っていた場所。

 

1投目。バイブレーションXをキャストして壁の際に落とそうと狙う。感覚的には普段使っているサーフスターの感覚でキャストをした。当時の僕のキャスト精度は今以上であり、20mほどのキャストであれば5cm単位で距離を刻むことができるほどだった。が、聞こえてきたのはカラカラカラカラという音。。。

飛びすぎて対岸のコンクリートに乗ってしまったのだった。

 

「え!?」

 

という声を出しつつも、何度かキャスト。

 

風神ブランクスの飛距離という性能を知った瞬間だった。軽く投げるだけで筋肉質なブランクスが生み出す反発力が僕の予想を超える飛距離を出す。

 

そこから投げ込むこと数日、飛ぶブランクスが創り出す新たな可能性に大きく気付き、その新たなブランクスでのキャスト精度の確立を果たした時、僕は移籍を決意したのだった。

 

それは個人的な感覚なら、F1ならHONDAのRA168E、ゴルフならツーピースボールの登場という位の衝撃を持っていた。

 

 

しかし、一つ問題があった。それは僕はほとんど移籍をしないプロアングラーであるということだった。

 

契約や移籍というのは大人の世界の話なのでもちろん大事なことだけれども、それよりまず僕の第一義としてテスターはメーカーのファンの代表であるという感覚をとても大事にしていたので、そういう人間が辞めるなんて事がまず考えづらいということがあった。

 

もう一つは、僕の発信する情報を見て、今までの僕がお勧めするロッドを買ってくれたユーザーのことを考えると、おいそれ契約金が高いからとか、担当者が腹立つとかで移籍するなんてことはできない。

 

つまるところ、僕のプロアングラーとしての哲学は、契約を解除されることはあっても、こちらから解除することは無い、というもの。

 

これは未だにそうで、僕のあらゆるビジネスにおいて、とても大事にしていることであり、僕の下で育った大野君に最も強く教えてきた考えでもある。

 

 

 

ということで、電話で宇津木さんにロッドについてのインプレッションを伝え、大変素晴らしいロッドであること、だけど、契約に関してはその前に通さなければいけない筋がたくさんあるのでしばらく時間が欲しいという話をして、了承をしてもらった。

 

それでまずはメガバス社に話をしたのである。当時のメガバスはバスブームの全盛期まっただ中で、まだソルト部門のロッドは発売していなかった。一番長いのも6.10ftであり、それゆえにサーフスターの使用を認めてもらっていた。

 

だから、担当者からは少なくとも数年はその予定は無いので構いませんという返事とともに風神の使用を了承してもらう。(ところが、これは極めて適当な担当者の私見であり、後々、この件で本当に僕を困らせる事態が起きるのである。)

それはいつかどこかで。でも墓場かもね!(ローラ風に)

 

 

問題は、おそらく風神を使うようになると、ほとんど使わなくなるだろうサーフスターを発売しているアンリパ社だ。

これは先方を訪ねていって事情を話して理解を得る形となった。ただ、契約はしていなかったので、先方さんもどうぞどうぞ、という感じで、まあおおむね了承。今までありがとうございました、ということで。

 

 

ところが、夜、家に帰ったところで、ある会社から1本の電話が入る。

そこから、3日ほど、ほとんど眠ることのできない事態に僕は巻き込まれるのである。

 

 

続きは次回の担当日10月30日までお楽しみに。

 

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