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村岡昌憲

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5月14日   マレーシア ランカウイ島 その1

- Stage9 - ~ 2003年5月 探し物を忘れに ~
 
 
 
 
 
 
 
忘れ物を探しに行く旅がある。
 
探し物を忘れに行く旅もある。
 
 
 
 
 
どちらかということではなくていいと思う。
 
良い旅とはその相反する要素をも、飲み込んでいくからだ。
 
 
 
 
 
さすがに、この歳になると自由というものが孤独なしではあり得ないという結論に到達する。
 
振りかざすだけの自由は無責任である。
 
しかし、若い頃には誰もが振りかざすものであろう。
 
尾崎豊や長渕剛、矢沢永吉に強烈なシンパシーを感じた自分も歳を取ればそれなりに分別もつく。
 
太宰治に熱中したあの時代を「あの頃は若かった」、と笑いながら言える。
 
そして自由というものには常に責任がついて回ることを知っている。
 
もひとつ、その「あの頃」の自分が本当に人間として美しかったということも気付いているのだ。
 
それを思い出すのもいいかもしれない。
 
忘れていたものをもう一度思い出す。そんな旅も素敵だよね。
 
 
 
 
 
 
 
訪れたのはマレーシア、ランカウイ。嫁さんと二人でやってきた。
 

リゾートとしても売り出し中だが、未だ手つかずの自然がなお残る赤道直下の島。
 
 
 
 
 
例のSARS問題で空港も飛行機もガラガラだった。
 
ちょっと過剰反応しすぎ。
 
日本における交通事故による死者は毎年1万人。その中の一人に自分がなると思うかい?
 
ほとんどの人は、交通事故で死ぬなんて全く他人事としてとらえている。自分だけはって思うでしょ。
 
なのに未だ日本人が一人も死んでいない病気に右往左往するメディアに国民。
 
SARSって言ったって全世界でも死んだの300人でしょ?
 
その間に全世界で交通事故で死ぬ人何人いるか知ってる?
 
ちなみに中国だけでも一年間の交通事故の死者数、10万人。
 
考えることを放棄した日本人よ。アタマヲツカエ。
 
 
 
 
 
 
 
もちろん危機管理は大事。甘く見て掛かるだけなら単なるバカだ。
 
一応は僕もマスクやうがい薬を用意した。
 
帰りの税関だけは混んでいたらすべきかと思ったのだけど、入国審査も税関もガラガラだったので結局マスクをしなかった。
 
 
 
 
 
そんなわけで、4列シートにどかっと横になって爆睡(これ、ファーストクラスに勝る快適さ)しながらKL経由、ランカウイへ。
 
着いて早々に161号線沿いのレストランでビールを一気にいただく。
 
 
 

1本、1.3RM。日本円にしてなんと40円ほど。
 
 
 
 
 
翌朝起きて、すぐにレンタカーを借りる。
 
どことなく五平の店長に似たマレー人が持ってきたのは三菱ギャラン。一日4500円ほど。
 
クレジットカードの支払いの時、金額を書く前にレシートにサインを求め、それを持って帰ろうとするので、もめにもめて大幅に時間をロス。悪いことする気はないんだろうけど、万が一があるからね。
 
まずは街を目指すことにした。
 

島の大きさは淡路島程度。 街はたったひとつだけ、クアタウンという。
 
 
 
 
 
ガラガラということもあるのだけど、現地の人がいうには普段から日本人は少ないらしい。
 
海辺で草を食べる牛。これがランカウイの日常だ。
 

こんな風景があちらこちらにあった。
 
 
 
 
 
活気のある街には猫が多い。今回もいたるところに猫がいた。
 

何を隠そう、生粋の猫好きなのだ。
 
 
 
この島には日本がすでに無くしたものが、たくさんあった。
 
それは言葉にできない何か。
 
一度行った人はみんなそれに気づきリピーターになるという。
 
 
 
その一つは人の優しさ。愛だ。
 
旅行という殻を破って現地のライフスタイルの中に溶け込んだ時、本当の人の優しさに触れることができる。
 
今回はその手助けをしてくれる人がいたので、本当にいい旅にすることができた。
 
 
 
 
 
今回の旅にはもうひとつ目的があった。
 
現地でランカウイ倶楽部というツアーガイド屋さんがある。
 
そんじょそこらのガイドではない本格派アウトドア系ガイド。
 
オーナーはなんと日本人である。その名を尾島君と言う。通称、オジ。
 
若い頃から南の島で暮らしたい、という夢を追いかけ、そして実現した。
 
その彼に会うことが今回の目的の一つだった。
 
前々回のLifeでも書いた、すでに手にしたものを捨てる覚悟を持つ人だけが夢をつかむという話。
 
彼もまた多くを捨て、夢をつかんだ一人なのだ。
 
 
 
 
 
男は社会的な動物であると思う。
 
男は社会の中で自分の存在意義を常に確認したがり、不必要とされることを常に恐れる。
 
リストラ=不必要 という刻印を押されたサラリーマンにとって、それは死刑宣告に等しい。
 
だから悲観し電車に飛び込むのだ。
 
もちろん人生それだけじゃないことを僕は知っているし、みんなも気付いているだろう。
 
でも、その声は彼らには届かない。亡国の流れは更に加速するばかりと思うのは心配しすぎだろうか。
 
 
 
存在意義を失うことを恐れて枠から飛び出すことができない僕。
 
彼らは自由の翼を持っているようでとてもまぶしく映る。
 
そこにあるのは覚悟。肝を決めた男の世界がそこにあった。
 
 
 
 
 
 
 
木でできたボートでマングローブの中を滑走する。
 

水と緑と空しか見えない世界。
 
 
 
 
 
奥の奥に行くとそこは本当にジャングルだった。
 
ガイド、と呼ばれる職業がある。金をもらって案内する。
 
そのガイド無しでは絶対にあり得ない体験、それをもたらしてくれなければガイドとは認められない。
 
この奥地でもしはぐれたら・・・。サバイバルにそれなりに自信のある僕でも、そう思うと畏怖の念を打ち消せない。
 
それほどまでに奥深い地へと足を踏み入れてしまった。
 
セミや鳥の鳴く音以外、全く聞こえない世界。
 

まっ昼間の静けさ。それも怖いものだ。
 
 
 
 
 
そこからカヤックで漕ぎ出す。
 
生まれて初めてカヤックというものに乗った。
 
驚いたのは一体感。愛好者が多いってのがよく分かる気がした。
 
今度来た時はこれに乗って釣りをしてみようって思った。
 

 
 
 
オジがここで降りようと言うのでカヤックを下り、見上げると洞窟があった。
 
中にはおびただしい数のコウモリが・・・。
 

 
 
 
 
 
 
夕食は養殖場の上で食べる。ジャングルの中、ランタン2つを灯し、しばしの夕べ。
 
明かりに寄ってくるアオリイカの子供を網ですくっては焼いて食べる。
 



 
 
 
 
養殖場のバカールおばさんが作ってくれた料理。美味かったなぁ。
 
 
 
 
 
夜になって、オジは帰ったが、オジのもとで働くムナディを連れてスヌークという遊びに。
 
ビリヤードに近いのだが、玉が小さく、台がでかい、そしてポケットも小さい。つまり難しいということ。
 
夜更けまで遊んでた。
 

ちなみに相当へたくそです。
 
 

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