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過去があるから今がある

  • ジャンル:仕事
ちょっと昔話しです。
無駄に長いのは愛嬌。
 
昔、私はミニバイクレース用のチャンバーやその他レース用品の開発に携わっていました。
社外パーツメーカーさんのお世話になり、レース用製品の供給(金銭契約ではない)を受けながらインプレや企画のお手伝いをしていたのです。
 
レースベースの物ですから、当然「速いが優先」とされる商品です。
コレは非常に大事な要素。
チャンバーと言うのは、コスト・オシャレ(流行)などの複合的な要素が絡んでくるなかで、売れる製品を見つけていく必要があるのです。
ただ、私はレースをやる中での性能のテストを任されていたので、速さと言う事だけに集中をしていました。
まぁメーカーさんも「速いものが売れる」と言っていましたので、私は非常にやりやすい環境でした。
 
約2年ほどで納得の行く『製品』となり、その後は市販品として一般流通する『商品』となった時は本当に嬉しく思いました。
また、レースの結果も同時に着いてきていたので、いまだにそのメーカーさんの社長には感謝しています。
 
で、その社長は「工藤ちゃんがレースで使ってくれているだけで嬉しいよ」と言ってくれたのですが、私はその頃はレース部品の問屋さんに勤める事になった(メーカーを紹介してくれた問屋さんで、100%レースに集中できる環境を条件に就職しました)ので、なんとかこの自分が開発に携わった製品をユーザーへ評価(理解)して欲しいと思いアレコレと動いてみました。
 
まず最初にやったのは、お客様への商品紹介でした。
当時のお客様である大手チェーン店のバイヤーさんへ、「新商品の紹介」と言う形で売り込みに。
まぁ普通の問屋がやる仕事です。
とりあえず「取り扱い製品としての登録」をしてもらえないと始まりませんからね。
そのチェーン店はバイヤーさんがけっこう強いので、コレをやっておかないと店舗サイドがいくら仕入れたいと言っても「そんなものは知らん」と却下されてしまいます。
 
で、無事に登録できました。
まぁよっぽどおかしな製品じゃない限り、はじかれる事はありません。
で、登録されると、本部から各店舗へ商品紹介の案内がfaxで各店舗へ流れます。
それを見た店員さんが、「コレ置いてみよう」と思えば注文が本部経由で入ってきます。
今回の製品は、もともとメジャーなメーカーでもありレースの結果も出していたので、それなりに受注は戴けると確信はしていました。
 
数日後、おかげさまで注文が入りました。
で次に、自分の担当店舗を回りました。
1週間掛けて、片っ端から「本部からfax来たと思うんですが、実物持ってきたので見てください♪」と、担当者さんを口説きに行きました。
 
同じクラス(レースはいろんなクラスに分かれてます)に出てた人がスタッフで居たりして、楽しく「即決受注」を目標に相当な数の店舗を廻りました。
自分で言うのもなんですが、相当な数が売れました。
もともと消費材とはいえない商品なので数を売るのは難しいのですが、店舗によっては驚くほどの受注をいただけました。
あんまりにも評判が良かったので「おかしいなぁ?」と思いましたら、どうやら最初に狙って行った店舗の店長が、「工藤君が旅の行商してるから楽しみにしてね♪」と根回しをしてくれていたようです。
ほんとうに、感謝してもし切れませんでした。
あぁ嬉しいな。。。
と、ココまでは、商品開発及び問屋の営業としては普通の話しです。
 
数多くの店舗を見ていて気がついたのですが、特殊な分野と言う事もあるのか?意外と店員さんの商品知識にバラツキがあるのです。
店員さんの話を聞くと、なんとなくでしたがバラツキの理由がわかりました。
当たり前のことなのですが、情報の集め方によって大きく異なるようです。
 
店員さんの情報は、以下のパターンに層別されます。
 
a 雑誌等のメディアの知識習得
b 仕入先やバイヤーの商品説明(全店共有知識)
c 自分が好きで乗っている事での経験
d お客さんからの情報
 
良く売れるお店の担当者は、こちらが感心するほど勉強もしています。
当然ですがエンドユーザーもそういうお店で買いたくなるので、相乗効果的によくなるみたいですね。
もちろん、自ら同じクラスのバイクに乗っている店員さんは、「好きである」という最強の武器を持ってますので、強い顧客を作る事も出来ています。
 
旅の行商を終えて、ポツポツと再受注が確認できた頃に、次の一手を考えました。
こういう事を考えてる時はほんとに仕事が楽しいものです(笑)
 
またまた本部バイヤーに出向きました。
今回は商品紹介ではなく、「希望がある店舗でスタッフ向け講習会を開く為の許可」を取りに行ったのです。
講習内容は、商品の売り込みでは無く『その分野に関する基礎知識』です。
具体的に言うと、「2ストロークのチャンバーってなんですか?」という内容を、エンドユーザーに説明を出来る為の知識の習得と効果的なトークの提供です。
私が取り扱うメーカ製品の固有の知識ではないのがキモです。
大小様々なメーカーが参入するジャンルなので、もっと広義の意味での知識習得の為に行いました。
 
もちろんダメとは言われませんでした。
その会社もスタッフ教育には力を入れていたので、一部のバイヤーを除けば歓迎していただけました。
多くの人が前向きな意見を聞かせてくれ、講習内容の充実に近づけました。
 
で、さっそく講習資料を作りました。
当時は簡単なPCの技術も無かったので、全部手書きで10ページほどの冊子を作りました。
今見ると、目から火が出るほど汚い作りでしたが・・・
 
その資料を基に、一番よく売っていた店舗で講習会を開催してました。
当然ですが、ジャンル的に強い店舗なのでスタッフが非常に貪欲です。
一通りの講習後に質疑応答をやったのですが、あまりにも議論が長くなりすぎて、翌週に再度開催したぐらいです。
 
業界狭いと、噂はすぐに広まります(笑)
系列店舗だけではなく、他のチェーン店からも声が掛かりました。
当然ですが、最初に手を付けたグループが終わってから、それらの他店舗へ講習をしに行きました。
 
講習で得に評価を戴けたのは、私が現役で走っている事から知りえる、基本的な知識と情報でした。
次々と新しいものがでてくる業界でしたので、とにかく情報は生ものと言えるほど鮮度を求められます。
実は店員さんの多くは、その速い情報だけを習得しており、もっと根本的な知識が欠けていたのです。
 
例えば、キャブレターの中にあるメインジェットと言う、チャンバーを交換したら必ずといって良いほど交換しなくてはならないパーツがあるのですが、商品説明で「推奨メインジェット108#」という事をスタッフは知る事ができます。
これはあくまでも推奨であり、その製品のデータだしをしたときの条件がそういう場合には有効ですが、もう少し踏み込むともっと速くしたりするが出来ます。
しかし、メインジェットは108#と言う知識しか知らなければ、それ以上の事をユーザーに伝える事ができません。
お客さんが「今、110#なんですが、このチャンバーを買ったらどうなりますか?」と言う質問をしてきた場合、実質的には問題が無いのですが高確率で売り逃がす事になるのです。
 
あ、もう一つ好評だったのは、自分の取り扱いメーカーの製品の、良いところとだけではなく悪いところもしっかりとお伝えした事でした。
チューニングパーツと言うのは、絶対的に「全てが良くなった」という事はありえません。
必ず「どこかが良くなったら、どこかが悪くなる」のですが、それを自分の環境に合わせることが重要なのです。
エンジン的に言うならば、高回転が良くなれば、低回転で犠牲になる部分が必ず在ります。
しかし、その低回転をまったく普段使わないならば、いくらでも犠牲にしても良いのです。
 
ちゃんと物を作っているメーカーは、その必要とする狙いに高い次元でバランスよくメリットを配置しています。
たまにあるどうにもならないチャンバーは、低回転が犠牲になって高回転でもパワーがでてません(笑)
そういう所はまず論外と言う事で。。。
開発しないで外見だけ真似るとそういうことになります(笑)
 
基本的に自社製品を他社製品と比べる発言はしないのですが、許しを得た時にだけ「この商品は~~な所を狙って開発しました。ですから~~な部分が欲しいお客様には売らないほうが安全です」と、説明をしました。
「じゃぁ、その~~を欲しがってるお客様には、どこのメーカーが良いですか?」と聞かれた場合は、知ってる範囲で他社メーカーの製品を勧めました(これが後に会社を辞める理由にもw)。
まぁ開発ライダー繋がりで、まともな製品は全て把握できていたから言えた事ばかりですが。
 
講習で使った資料は、必ず店長に差し上げていました。
「新人教育に使ってください」と言って渡すと、本当に喜んでくれていました。
しまいには、そのこ汚い資料の一部(マンガ)を、そのままポップに使いたいと言われたりも。。。。
もちろんOKを出しました。
 
実はいまだにそれを使ってるお店があります。
当時はただの担当者だったスタッフが今は副店長となり、新人教育にもまだあの資料を使ってると言ってくれました。
お世辞半分でも嬉しい事ですね♪
某大手チューニングパーツメーカの営業マンが、「工藤ちゃん、この資料のココなんだけど、ちょっと気になるから教えてよ」と言って来たときは苦笑しましたが。。。
でも、見る人が見れば、もう古いものです。
 
さて、なんだかんだと半年ほどそうやってたくさんの人の協力を戴き、自分でもビックリするほどチャンバーは売れました。
次はそのチャンバーだけではなく、その付属部品も売り込む事を考えました。
 
またまた本部にお邪魔して提案したのは、『セール期間中に、お店の駐車場でエンドユーザー向けのセッティング出しをやらせて欲しい』でした。
これはちょっと各店舗との調整を必要としました。
販売店の多くは、お店で買った商品をその場で有料で取り付けるサービスを行っています。
セッティングを出すという事はその場でバイクをバラすので、その工賃売り上げが減ってしまう事が危惧されたからです。
また、免責の問題も出ました。
 
結論として、私を可愛がってくれていた店長の「工藤ちゃんがエンドユーザーに販売促進をするのだから、多少は工賃売り上げが落ちてもその売り上げでまかなえる」と言う言葉で本部のOKを戴きました。
 
流れとしては、私が取り扱うメーカーのチャンバーを付けているお客さんが駐車場のブースに来たら、まずは不満を聞きます(笑)
多くのユーザーは、「もっと早くしたい!」という欲求を持ってバイクの改造をしますが、その底なし沼の欲求を100%満たしている状態になるにはかなりの出費と経験を要します。
当然ですが、満足してる人は一人も居ません。
話を聞いて、何が欲しいのかをピックアップします。
次に、許可を得たらそのバイクに私が乗っちゃいます。
お客さんが言う事と、私の感覚のすり合わせです。
そうすると、余計なパーツを買わずに、予算に合わせて有効な部品をアドバイスする事ができます。
 
それを店舗のスタッフに知らせて在庫確認をしてもらい、物があればその場で買ってもらいます。
無ければ御取り寄せ。
取り付けが簡単なものなら私が付けますし、複雑(めんどくさい)な場合はお店のピットに発注しました。
また、弊社の取り扱い製品ならば、その場で発注伝票も切らせて戴けました♪
 
前広告も打ったこともあり、ビックリするほどのお客さんが来てくれました。
二日目は一人で対応できないので、買い物に来ていた友人をつかまえて強制的に手伝いをしてもらうほど。
実は偵察に来た他店の店員にも手伝ってもらったのは、多分今なら時効でしょう(笑)
 
クタクタになりましたが、やはりお客さんが喜ぶ顔と、自社扱いの製品が他を圧倒して売れていく事は、とても嬉しい事でした。
お店としても、セール時の集客を非常に重要視していましたので、大変満足してくれたとのことです。
 
コレをセールがある時は定期的にやりました。
専門的な知識とセッティング技術が必要な為に、さすがに多くの店舗では出来ませんでしたが。
 
後日、メーカーさんの社長から電話があり、「工藤ちゃんのところ、最近異常に売れてるけど何やったの?」と言われました。
 
当時はココまでやっている契約ライダーが居なかった事もあり、全部話しをしたら「レースで欲しいもの、なんかある?」と言ってくれました。
ご褒美と言う意味だけではなく、この言葉は「次の開発何やる?」と言う意味も含まれているので、開発ライダーとしては最高の褒め言葉でした。
その社長は元ライダーだったので、余計に気を使ってくれたのかも知れませんね。
ちょうどツナギのワッペンが汚れていたので、「新しいワッペンとステッカーを10枚ほど下さい」と言ったら、会社ではなく自宅に送ってきてくれました。
他にも幾つかの「怪しげな開発製品」が同封されて(笑)
最初は自宅に送ってきた意味がわからなかったのですが、後にその大きな意味が判りました。
 
実は、うちの社長と喧嘩したみたい(爆)
「売り上げ伸ばしたんだから掛け率を下げろ」という、うちの社長の要求がことの発端だとか。。。
まぁ、問屋ですからね。
それも仕事のうちです。
仕入れは私の仕事ではないのでスルー致しましたが、以降「レースにはなるべく他の会社の製品を使え」との指令が発令されました。
まぁ、「利益率大きい製品を宣伝しなさい」と言うのは、問屋商売としては間違いでは在りません。
この時に「仕事の一部としてのレース」と「純粋に勝ちに行く為のレース」の岐路に、初めて立たされました。
その問屋の社長も元はレースの人なので、私の苦悩もよ~く御存知だと思いますが。
 
1年頑張った。
どうにもならない製品を引っさげて。
今思うと、おかげさまでライダーとしての運転技術が上がりました(笑)
 
しかし、我慢にも限界がありました。
あるレースで「自分が昔開発したチャンバーにどうにもならなかった」事もあり、「残り時間が少ないので、悔いを残さない為に移籍します」と言った時、その社長は「おう、そっちを選んだか。解った。じゃぁ、今度はただのライダーとして応援してやるw」と言ってくれました。
移籍後もちょくちょくと「怪しげな製品」を送ってくれたので、その言葉は嘘ではなかったと思います。
 
ちなみに移籍先は、その開発を一生懸命やったメーカーではなく、そのクラスにまったく参入していなかったチャンバーメーカーでした。
そこも「良い(速い)ものを作れば売れる」というメーカーであり、社長といろいろと話しをした結果の移籍でした。
 
当然ですが、パッと参入して良い物なんか作れません。
第1戦は久しぶりに予選最下位とか、決勝では危うく周回遅れになるところでした(笑)
みんなに移籍失敗だね・・・と言われましたが、個人的には「数年ぶりに良いレースが出来た」と思っていました。
 
その3年後には、過去最も良かったシリーズランキングを獲り、翌年は当時チャンピオンだった人が引退した事からシリーズチャンピオン有力候補と言われた気もします。
が、第1戦(3位)だけ出て、静かに引退をしました。
レース前に「今回が引退レースです」と言うといろいろ騒がれるのですが、誰にも言わずそっといなくなりました。
社長にだけ「お世話になりました」と言い残して。
 
上辺の話しでは、「目標としていたところへ行けたから」という事になっていますが、本当の理由は第2戦(5月上旬)がどうしてもブラックバスのXデー(大潮直前の低気圧)に重なるので友人(べっち)と一緒に止めました(爆)
 
まぁ、3月の第1戦は自身最初で最後のモチベーションが切れた状態でレースをし、ラスト2周もあるのに勝ちを諦めると言う経験も出来ました
怪我で欠場した1回を除いて、約十年間休まずに出ていたシリーズ戦でしたが、その気力が切れるときはあっという間に来るものですね。
良い潮時だったのかもしれません。
おかげで生涯最高のバスを釣りました。
 
先日テレビを見ていたら、暴走族のお兄ちゃんが、私が一生懸命作ったチャンバーを使っていました。
何気にテレビでコレを見るのは2回目です(笑)
嬉しいような悲しいような。。。
 
ガキの頃に加藤大治郎のレースを間近で見て、気が付けば自分で始めたレースでした。
引退したのは、大治郎が亡くなった2003年ですから、もうずいぶん経っちゃいましたね。
その後、他の分野(別クラスや4輪)ではスポット的に機会があればレースに出ましたし、これからもお声が掛かれば遊び程度では参加するかもしれません。
でもあの頃のように「全てを犠牲にしてでも勝ちにいくスタイル」でシリーズ戦に参加することは在りません。
 
と、何でこんな事を思い出したかと言うと、先ほどまで不良対策で名古屋方面に行ってたから(笑)
昨日の13時に茨城の工場に呼び出され、打ち合わせをしていて気が付けば朝一で西尾に行く事に・・・
あぁ、そういえば、昔はプラグもらっていたなぁ・・・というお客様です。
 
すでに新幹線の終電は間に合わない事が発覚し、仕方ないから車で行って来ました。
懐かしいなぁ・・・
この道は、かつて良く通った道。
先に書いたパーツメーカーさん、実は関西が拠点です。
 
なぜか深夜の下りよりも良いペースで戻ってきている東名高速。
あまりにも富士山が綺麗なもんで、ちょっと由比のPAに寄り道しました♪
 
日本一高い富士山を見ていて思うのは、やっと釣りでも目指し始めた道が見えてきた事。
たくさんの仲間や、アドバイスを戴ける皆さんのおかげですね。
これからもよろしくお願いいたします。

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