プロフィール
shoya
広島県
プロフィール詳細
カレンダー
検索
最近の投稿
アーカイブ
アクセスカウンター
- 今日のアクセス:15
- 昨日のアクセス:21
- 総アクセス数:14736
QRコード
▼ 渡米・サンディエゴ①
- ジャンル:釣行記
- (アメリカ)
高校生の頃は部活一筋に打ち込み、本気で全国を目指していた。(結果は個人県3位、引退試合では中国地方団体5位)と悔しい思いをしたが、主将として時には怒り、チームのみんなとやってきた。仲間たちとひとつの目標に向かって努力したことは一生の思い出となった。
部活引退後も、釣りが好きだからと迷わず国立大の水産学科を目指し勉強した。
(学力は決して良くはなく、1浪の末 第1志望にはとどかなかったが、水産や魚類の分野ではある程度有名な私大に入学することになった。)
九州にいくつもりだったので、まさか関西圏にくるとは思っていなかった。人生はわからないものだ。
大学生になり、アルバイト、自動車講習、飲み会、ボーリングオール、年パスなど、どの大学でもよく見られる光景にのまれてしまっていた僕は、
地元で家の前の川に連夜チニングに行ったり、フカセ・紀州釣りをしまくっていたころの自分とは疎遠になっていた。1回生の秋にずっと気になっていた女の子(1回フられ済み)と付き合うことができ、量産型大学生を謳歌していた。1〜2回生の良いことと言えばこれくらいだ。
そんな彼女が1ヶ月イギリスへ行ってきた。短期留学だ。
その話を聞いた僕は、この刺激の足りない生活が嫌になった。
部活で汗を流したり、苦しく勉強する自分に戻りたいと思った。
受験期に読んだ現代文の問題にたしか「thereのないカリフォルニア」というのがあるのを思い出した。その文章はたしか(日本の先生が、季節の変化がない、コバルト色の空のカリフォルアに行き季節感の変化を歌う日本文学を講じるのには違和感がある)とかいうものだった。受験勉強に辟易していた当時の僕はその空を思い浮かべ、現実逃避していた。本当に季節の変化はないのかな?と...
そこから留学も肯定的でなかった自分がなにかの縁だと感じで、2回生も終わるかという頃の春休みに、世界のアメリカをみてみることにした。英語は決して得意ではなかったし、やっていけるか少し不安だったから1人友達を誘った。
英文書類がどさっときて、入学許可書だの、クレジットカードだの、予防接種が高かったり、準備はかなり面倒だった。しかし、出国はすぐ来てしまった。
関空→成田→サンディエゴ国際空港というJALのフライト
移動時間は長く当然 アイハブ jet lagだ。空港で待っていると、トヨタのトラックみたいなのから派手な水色のシャツにサングラスの強面の男がでてきて、ショーヤと呼んでいる。(後にラストサムライを見て興奮したこの男に刀を突きつけられる。)
彼がホストファザーのMark すごく良い人だ。写真ではそう見えない。

いかにもっていう家だ。船もMarkのものらしい。
これが僕の部屋だ。

事前に配られた紙によると家族構成は夫婦と1人の息子、no pet....?

庭にかなりでかい豚がいるよ。がっつりペットいるよ
すごく吠える犬もいるよ、まさかのお姉さんもいたよ。さすがアメリカだね。逆にここまで違うと清々しくて笑えてくるよ。
釣りが好きなことを言うと、近所に釣りキチガイがいるから紹介してやるってことでGerryの家にお邪魔させてもらった。初日からこんなことになったよ。

彼は居候のPeter フィンランドの釣り・ハンティングガイドだよ。
年に数回、カナダとサンディエゴ、メキシコ、フィンランドを移動して暮らしてるみたいだよ。

あ、小塚氏の怪物狩りでみたヤツ『ムベンガだ!Africa』と叫んだ
Markもこれが何かは知らなかったらしく、2人は驚いたように、
U know?? tiger fish.これを知っているヤツはなかなかやるぜ!みたいな流れになりあっさりなり、釣り仲間に入れてもらえることになった。
週に何回も僕はこの家を訪れ、ビールをご馳走になり釣りの話に耽たのだった。彼らは日本のシマノやダイワの釣り具に太鼓判をおしていて、持参したパックロッド シマノ「トラスティック」や、ダイワ「12エメラルダス」に Wow,very smooth!と言っていた。
Lake BiwaのナマズやジャパニーズTaimenはすごいんだろ?とか、魚拓ってやったことないんだが難しいのか?とか、テレビで見たが、なんで日本人はジギングを本来ライトなはずのスピニングでやったりするんだ?なんて、普段気づかない面白い話もした。
因みに、彼らは世界を釣りまわっていてそこらへんにデカすぎるサーモン、マグロ、グルーパー、シーバス、ニベなんかが飾られていた。PENNのデカすぎるマグロ用のオールドリールは僕の両太ももくらいの幅があった。お金持ちなんだと思う。休みにはメキシコのバハに行くとよく言っていた。

さて、いよいよUCSD(University California SanDiego)に入学だ。
キャンパスがとてつもなく広い。広大の2倍以上はあるんじゃなかろうか。クラス分けテストで上から3つめのクラス(5このうち)になり、外国人ばかりを期待したが、早稲田・東北・明治など日本人ばかりだった。

飯はフォーやパンダエクスプレスをよく食べた。基本的にCAは多国籍料理が多く、飯代が高いし、まずくはないがうまくもない感じだった。

癖の強い。口臭も強かった講師に、教科書を買いそびれてドヤされたり、オールドタウンという古きサンディエゴの街をモチーフにした観光地に行った。(ここは交通のハブでわりと利用したが、なんせ黒人のホームレスやヤク中が多く、ベンチで寝るからどけだの、金くれだの、夜なんかにはなるべく通りたくなかった。)ここで葉巻(いわゆるノンフィルター)を格好つけてふかしてみたが、次の日に高熱が出てしばらくベットからでれなかった。アメリカの薬はよく効いた。あとアメリカ人は熱でも学校に行くみたいだ。


熱がある中、洗濯しようと思いガレージに行き、なぜか鍵が閉まって、閉じ込められ窓をはずして脱出し Peterにたすけてもらうという事件も今となっては笑い話だ。
ダウンタウン。自然と都会があって良いところだ。

ルイス(ブラジル人ルームメート サーフィンバカ、でも優しくて賢い。アマゾンにいくときは通訳しておくれ。)

ムッサン(サウジアラビア留学生 ブラジル料理屋にて、彼の英語はすごいアラビア訛りがあるが聞きやすく、面白いヤツだ。)

開講プログラムでZooに行ったり、Lajolla villageなど、
サンディエゴは寒流がかすめるため、普通に海にSea Lionがいる。
たまに、釣りしてるときに出てくるからすごく驚く。

部活引退後も、釣りが好きだからと迷わず国立大の水産学科を目指し勉強した。
(学力は決して良くはなく、1浪の末 第1志望にはとどかなかったが、水産や魚類の分野ではある程度有名な私大に入学することになった。)
九州にいくつもりだったので、まさか関西圏にくるとは思っていなかった。人生はわからないものだ。
大学生になり、アルバイト、自動車講習、飲み会、ボーリングオール、年パスなど、どの大学でもよく見られる光景にのまれてしまっていた僕は、
地元で家の前の川に連夜チニングに行ったり、フカセ・紀州釣りをしまくっていたころの自分とは疎遠になっていた。1回生の秋にずっと気になっていた女の子(1回フられ済み)と付き合うことができ、量産型大学生を謳歌していた。1〜2回生の良いことと言えばこれくらいだ。
そんな彼女が1ヶ月イギリスへ行ってきた。短期留学だ。
その話を聞いた僕は、この刺激の足りない生活が嫌になった。
部活で汗を流したり、苦しく勉強する自分に戻りたいと思った。
受験期に読んだ現代文の問題にたしか「thereのないカリフォルニア」というのがあるのを思い出した。その文章はたしか(日本の先生が、季節の変化がない、コバルト色の空のカリフォルアに行き季節感の変化を歌う日本文学を講じるのには違和感がある)とかいうものだった。受験勉強に辟易していた当時の僕はその空を思い浮かべ、現実逃避していた。本当に季節の変化はないのかな?と...
そこから留学も肯定的でなかった自分がなにかの縁だと感じで、2回生も終わるかという頃の春休みに、世界のアメリカをみてみることにした。英語は決して得意ではなかったし、やっていけるか少し不安だったから1人友達を誘った。
英文書類がどさっときて、入学許可書だの、クレジットカードだの、予防接種が高かったり、準備はかなり面倒だった。しかし、出国はすぐ来てしまった。
関空→成田→サンディエゴ国際空港というJALのフライト
移動時間は長く当然 アイハブ jet lagだ。空港で待っていると、トヨタのトラックみたいなのから派手な水色のシャツにサングラスの強面の男がでてきて、ショーヤと呼んでいる。(後にラストサムライを見て興奮したこの男に刀を突きつけられる。)

彼がホストファザーのMark すごく良い人だ。写真ではそう見えない。

いかにもっていう家だ。船もMarkのものらしい。
これが僕の部屋だ。

事前に配られた紙によると家族構成は夫婦と1人の息子、no pet....?

庭にかなりでかい豚がいるよ。がっつりペットいるよ
すごく吠える犬もいるよ、まさかのお姉さんもいたよ。さすがアメリカだね。逆にここまで違うと清々しくて笑えてくるよ。
釣りが好きなことを言うと、近所に釣りキチガイがいるから紹介してやるってことでGerryの家にお邪魔させてもらった。初日からこんなことになったよ。

彼は居候のPeter フィンランドの釣り・ハンティングガイドだよ。
年に数回、カナダとサンディエゴ、メキシコ、フィンランドを移動して暮らしてるみたいだよ。

あ、小塚氏の怪物狩りでみたヤツ『ムベンガだ!Africa』と叫んだ
Markもこれが何かは知らなかったらしく、2人は驚いたように、
U know?? tiger fish.これを知っているヤツはなかなかやるぜ!みたいな流れになりあっさりなり、釣り仲間に入れてもらえることになった。
週に何回も僕はこの家を訪れ、ビールをご馳走になり釣りの話に耽たのだった。彼らは日本のシマノやダイワの釣り具に太鼓判をおしていて、持参したパックロッド シマノ「トラスティック」や、ダイワ「12エメラルダス」に Wow,very smooth!と言っていた。
Lake BiwaのナマズやジャパニーズTaimenはすごいんだろ?とか、魚拓ってやったことないんだが難しいのか?とか、テレビで見たが、なんで日本人はジギングを本来ライトなはずのスピニングでやったりするんだ?なんて、普段気づかない面白い話もした。
因みに、彼らは世界を釣りまわっていてそこらへんにデカすぎるサーモン、マグロ、グルーパー、シーバス、ニベなんかが飾られていた。PENNのデカすぎるマグロ用のオールドリールは僕の両太ももくらいの幅があった。お金持ちなんだと思う。休みにはメキシコのバハに行くとよく言っていた。

さて、いよいよUCSD(University California SanDiego)に入学だ。
キャンパスがとてつもなく広い。広大の2倍以上はあるんじゃなかろうか。クラス分けテストで上から3つめのクラス(5このうち)になり、外国人ばかりを期待したが、早稲田・東北・明治など日本人ばかりだった。

飯はフォーやパンダエクスプレスをよく食べた。基本的にCAは多国籍料理が多く、飯代が高いし、まずくはないがうまくもない感じだった。

癖の強い。口臭も強かった講師に、教科書を買いそびれてドヤされたり、オールドタウンという古きサンディエゴの街をモチーフにした観光地に行った。(ここは交通のハブでわりと利用したが、なんせ黒人のホームレスやヤク中が多く、ベンチで寝るからどけだの、金くれだの、夜なんかにはなるべく通りたくなかった。)ここで葉巻(いわゆるノンフィルター)を格好つけてふかしてみたが、次の日に高熱が出てしばらくベットからでれなかった。アメリカの薬はよく効いた。あとアメリカ人は熱でも学校に行くみたいだ。


熱がある中、洗濯しようと思いガレージに行き、なぜか鍵が閉まって、閉じ込められ窓をはずして脱出し Peterにたすけてもらうという事件も今となっては笑い話だ。
ダウンタウン。自然と都会があって良いところだ。

ルイス(ブラジル人ルームメート サーフィンバカ、でも優しくて賢い。アマゾンにいくときは通訳しておくれ。)

ムッサン(サウジアラビア留学生 ブラジル料理屋にて、彼の英語はすごいアラビア訛りがあるが聞きやすく、面白いヤツだ。)

開講プログラムでZooに行ったり、Lajolla villageなど、
サンディエゴは寒流がかすめるため、普通に海にSea Lionがいる。
たまに、釣りしてるときに出てくるからすごく驚く。

- 2016年2月28日
- コメント(0)
コメントを見る
shoyaさんのあわせて読みたい関連釣りログ
fimoニュース
登録ライター
- 続・どろんこシーバス
- 17 時間前
- はしおさん
- 林漁具:えび型しゃくり
- 5 日前
- ichi-goさん
- 雨雲レーダーの間違った使い方
- 10 日前
- rattleheadさん
- 淀川バス釣り開拓記と66センチ…
- 12 日前
- 登石 ナオミチさん
- 『DIY系アングラー?』
- 15 日前
- hikaruさん
本日のGoodGame
シーバス
-
- 下越サーフでアイザー125F置いておい…
- そそそげ
-
- BELUGA復帰戦
- ハマコー
最新のコメント
コメントはありません。