隠さないこと!

  • ジャンル:日記/一般
昨夜は後輩と外房アジング。

金曜の夜なので釣り人が沢山居ると予想していたが意外に少なく、あっさりポイントへ入る事が出来た。

いつもはライズも頻繁に見れる場所だが、昨夜は月明かりも強く数釣りは期待できそうにない。

案の定、沈黙は続いた・・・

干潮潮止まりまで数少ない回遊を待つスタイルで2時間程度粘りやっと来てくれた。

ozv8ann2jatom7vsbmho_480_480-48f4b172.jpg


jttm7mhfp7d47bojjhp5_480_480-3799a94d.jpg
後輩のI 君

オクトパスJr(あからめ)でその後も数匹追加!


帰り間際、堤防に腰かけふと足元をみると、テトラの間に空き缶が数個挟まれていた。

またあの光景が目に浮かんだ。

先月の事ですが、私がガイドを始めて間も無い頃にゲストとして来て頂いたMさんがアジング大会を開催しました。

その時は逆にMさんから、私にゲストとして来て欲しいと話しを頂いたので快く参加させてもらったのですが、大会の翌朝お世話になった漁港の清掃を皆でおこない気付いた事があります。
 
燃えるゴミ、燃えないゴミと袋を分けて皆でゴミを拾い始め、私は燃えないゴミの担当になったので主に空き缶やペットボトルを探し歩き始めた。

港内最奥を歩きながら探してましたが意外に空き缶等も無く、結構綺麗な漁港だなと思っておりました。それが漁港の先端へ向かってゴミ拾いをしていると出てくる出てくる。

釣り場へ近づくにつれて空き缶やペットボトルが山のように出てきます。

『出てくる、出てくる!』そうなのです。探すと出てくるのです。

探さないとさほど空き缶は無いのです。

その殆どが、少し生えた雑草の中だったり、テトラの間に挟んでたり、敷石の間に捻じ込んでたりと、要は死角になる所へ隠してあります。
 
この時気付いたのですが、たかが300mほど歩いただけで拾った空き缶はゴミ袋3袋ぶん。

その殆どが死角に隠されていた。これはどういった事なのか。
 
私はこう考えました。

ゴミを捨てる人は、皆罪悪感を持ちどうしようか迷う。

そして自分から見えない場所へそれを置いてくれば、捨てた事からくる罪悪感から解放され逃れられると錯覚してしまうのではないか。

実に都合の良い事だと思うが、『捨ててはいけないんだ』という感情が少なからず、まだあるからこそ隠すのではないのか。

だとしたら、意識のちょっとした持ち方で『隠す事を辞めたら』漁港のゴミは確実に減って行くのではないでしょうか。

この時、ふとそんな事を考えました。

釣り禁止と大きく書かれた看板を見かける事があります。
危険だからと言う場合と、釣り人がゴミを捨てて行くから困り果て漁協が話合い看板を設ける場合とがある。

一度看板が設けられるとほとんどの場合、撤去されるなんてあり得ません。

でもこれからの事を考えれば『隠してはならない』のです。
 
皆が気持よく、楽しく、長く、釣りが出来るように、 私もそうですが、まず皆で隠す事を辞めなければならない。

テトラに挟んであったあの空き缶を見て、またそれを思い出しました。
 


 

コメントを見る