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夏の匂い

身体に染み付いてきたと思っていたキャストの感覚が、仕事中のふとした瞬間に思い出せなくなった。今夜の月がいつ顔を出すのか、そもそも出さないのかさえわからない。
 
最後に釣りをしたのは…いつだ?
 
記憶を辿るのに少しばかり時間が掛かろうものなら、迫りくる次の現場の始まりに晩飯のコンビニ弁当を掻き込まされる。
 
「正直しんどいよな」
 
吐いた弱音が誰かに聞こえることはない一人きりの車内。重い身体を運転席のシートから持ち上げ、気乗りしないまま職人達と顔を合わせ挨拶を交わす。
 
いざ仕事が始まれば、黙々と身体は動く。不思議と身体が軽いのは、我々に与えられた短過ぎる期限での濃厚な現場にようやく終わりが見えてきたからなのかもしれない。
 
モノゴトには終わりがあり、次のモノゴトの始まりがある。次の仕事は…しばしの間、しんどい最中から休息を与えてくれた。
 
 
梅雨に入ってしばらくして迎えた休日。朝目が覚めて窓から覗く明るさにふと思い立ち、スマホを手に取る。
 
「良いですよ。どこ集合にします?」
 
買ってすぐにハレノヒを見れない状態になったニューモデルのRBBウェーダーを持つSさんと、気になっていたフィールドに足を踏み入れることにした。
 
 

■ 瀬を巡る
感覚を呼び戻すリハビリキャストなんてさせてもらえない程の水流の中に、トッププラグを打ち込んだ。
 
出るならココと思うピンから逆算し、流されるベイトを演出するようにキャスト地点は細かく調整してゆく。
 
集中の最中だけれど、プラグの軌道からふと目を逸らし周りの風景を見渡す。ここは、釣ることだけじゃない釣りが堪能出来る場所。
 
周囲を人工物の少ない山々に囲まれ、人によっては上流域と呼び、僕はまだ中流域だと思うエリアだ。
 
Sさんと釣りをするのは2回目で、一緒にウェーディングするのは初めてだった。時折その立ち振る舞いを見つつ、僕は別のスポットを淡々と探っていく。
 
太陽はほぼ真上にあり、容赦なく僕らを照らし付ける時間からのスタートフィッシング。
 
「流す釣りには少し日が高すぎるかな」
 
移動しようと思い遠くに見えるSさんの元へ戻ると、こんな魚が釣れましたとスマホを見せてくれた。良型と思われるウグイが、そこに収められていた。
 
「どこで掛けたんですか?」
 
率直に僕は、そう聞いていた。
 
 
マップを見ながら次に入る瀬をふたりで見定め、どんどん上流へと移動を繰り返した。
車から降りて初めてそれらの瀬を目の当たりにする都度期待に胸は躍り、はやる気持ちを抑えてエントリールートを冷静に見極めることに努めた。
 
互いに手を出し尽くしたことを確認しながら数カ所の瀬をまわり、照り付ける日差しが幾分和らぎ肌を過ぎる風に微かな冷気が含まれてきた頃。
 
「ここを最後の瀬にしましょうか」
 
そう告げて支流からエントリーして入った瀬は、日没が近付いていることも手伝って、今日廻ったポイントの中で一番良いと思える雰囲気を醸し出していた。
 
 

■ 瀬の流れのど真ん中
「どこを打ちます?Sさんの好きなところからどうぞ」
 
その投げ掛けに対し、ある時は「さっきは僕が良いとこ入らせてもらったんで平田さんからやってください」と返答があり、ある時は「じゃあ上の瀬の方を打ってみます」と返答があった。
 
ガツガツするわけじゃなくどちらかといえば遠慮がちなSさんの立ち振る舞いは、優しく丁寧なキャストだったり明確に意図を持っているであろう着水点の選択など、一緒に釣りをしたのがまだ2回目という事実を感じさせないモノがある。
 
"一本出ればいいなぁ"
 
自分自身が一本出したいんじゃない。その一本を出すのが、僕かSさんかなんてたいして重要なことではない。純粋に楽しみたいという思いが、不思議なほど穏やかな気持ちを作り出している。
 
「じゃあ僕は下の方を打ってみますんで」
 
そう言って、水泡を纏った瀬の水流が玉石の隙間を滑り落ちる下流側にSさんは向かい、僕は上流の瀬の落ち込みを向かってトッププラグを打ち込んだ。
 
アップストリームにキャストしたトッププラグをアクションがフリーズしないスピードで巻いてくると、ピックアップ間近の足元でギラリと魚が反転した。
 
これが今日の僕の、魚からのファーストコンタクト。下流にいるSさんに、この瀬にちゃんと魚がいることを告げる。
 
期待とは裏腹にこれ以降思うように反応を得ることが出来ず、手を変え品を変え模索していると…ふと後ろから声が聞こえたような気がした。
 
瞬時に振り返ると、ロッドを空に向かって真っ直ぐ立てながらも、既にベリーくらいまで曲がり込んでファイトをしているSさんの姿があった。
 
すぐに向かおうとするもツルツルと滑る玉石に苦戦し、流れに乗って走る魚について行くようにどんどん下っていくSさんの姿は、やがて岸際の草の向こう側に消えた。
 
やっとの思いでSさんの元へ辿り着くと、すでに魚との決着はついていたところだった。
 
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"Sさんと瀬の中のキビレ"
 
「シーバスじゃなかった」と苦笑いしながらやや残念そうに口にしたSさんだが、その目の奥に広がる表情は真逆のように感じたのは、僕の気のせいだろうか?
 
良いキビレにしばしの間目をやりながら…やっぱりどこでヒットしたのか聞いてみる。僕はどうしても、"どこでヒットさせたのか"気になった。
 
返ってきた答えはやはり、"この瀬の流れのど真ん中"だった。
 
ウグイを釣ったのも、瀬の流れのど真ん中。
キビレを釣ったのも、瀬の流れのど真ん中。
 
僕はその釣りを知らない。一緒に釣りをした過程で、流れの見方はおおよそ同じだけれど狙っているピンが違うことにはすぐに気付いていた。
 
それがこうして、初場所での結果にひとつずつ結びついてゆく。純粋に凄いと思った。
 
「おめでとうございます」
 
Sさんがフィッシュグリップを開放すると、キビレは勢いよく瀬の流れに乗って下流へと消えていった。
 
 

■ 夏の匂い
Sさんは僕より年上だけど、少し前にやってきた同じ会社の新人さんだ。他県からの就職だけど出身は鹿児島であり、生まれ育ったのはまさにこの日遊んだこの川の水が流れ着く、下流域に広がる街ということだった。
 
"釣りをする"と聞いた時、正直少しばかり僕は身構えたことを覚えている。最初から決め付けるのは良くないが、それは多くの場合"僕の釣りをするという感覚とのズレ"を少なからず感じる経験が多かったことから、いつしか身構えるようになってしまった経緯がある。
 
入社から5年経つ今の会社に対しても、釣りをするということを大々的には話さずに過ごしてきたこともあり、社内で釣りの話はほぼ皆無と言っていい程だったのだが…気付けばSさんの地元であるこの川が度々登場する釣りの話をする機会が増えていた。
 
同じ目線で釣りの話が出来る人が、同じ会社にやってくるなんて夢にも思わなかったのが本音。
 
今日の釣りの始まりの時。ふとトランクに積まれたSさんのロッドのある部分に目が奪われた。
 
「8000円の安いロッドだけど…」
 
遠慮がちにそう言ったSさんのロッドのグリップエンドは、今までに見た事がない程に摩耗していた。その表面は決して粗いものなんかではなく、その真逆の状態だ。
 
道具は口をきかずとも、持ち主を語る。
 
僕は嬉しい気持ちで、今日の釣りに入ったんだ。
 
 
来た道の支流をじゃぶじゃぶと遡って、水から上がり土手を登る。あともう少しやれたかな?と思う夕暮れを見上げた時、ふと足元や周囲の草むらを強く感じた。
 
小学生の頃、一日中遊びまわって友達と別れた後くたくたになりながら歩いた夕暮れの帰り道が、一瞬でフラッシュバックする。
 
あれから何年、何十年と経った今でも忘れることはない、草や虫たちが夕暮れに香る夏の匂いがした。
 
 
 
【タックル&ウェア】
[ロッド]ZENAQ PLAISIR ANSWER PA89 -Technical Surfer-
[リール]SHIMANO 18 STELLA 3000MHG
[メインライン]SUNLINE CAREER HIGH6 1号(16lb.class)
[リーダー]SUNLINE STATE CLUTCH SHOCK LEADER NYLON 16lb.
[ゲームベスト]SUBROC V-one VEST A-TACS LE X
[ウェーダー]Pazdesign BS BOOTS FOOT WADER V
 
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