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僕がダイワに入るまで⑤

  • ジャンル:日記/一般
金曜担当の浅利です。

前回、ようやく近所でバスが釣れる場所が見つかったと書かせていただきました。幸手の権現堂です。

当時、埼玉県の春日部に「さかん屋」さんという酒屋と釣具を一緒に扱う釣具屋さんがありました。

そこに足繁く通っていた頃、雷魚ポンドとして有名な幸手の権現堂にもいよいよバスが入ったという声を聞きつけました。

あの頃、バスが釣れる場所といったら、神流湖・芦ノ湖・相模湖・津久井湖・牛久沼くらいしか頭に浮かばなかった時代、自転車で行ける範囲にバスポンドができたということで僕らは色めきました。

実際に創刊まもないTackle Box誌にも「秘密のバスポンド」として紹介され、ますますヒートアップしました。

片道20kmの道のり、約1時間の行程、毎週のように通うようになりました。ある時は釣友と、ある時は単身で、とにかくひたすら自転車を漕いで通いました。

この通う道すがら、様々なエピソードがあるのですが、中でも忘れられないのがふたつあります。

ひとつは右翼の街宣車に教育的指導を受けたこと。
中学生当時、基本、信号など守りません。
ひたすら走り抜くのみです。
そんな中、たまたま右翼の街宣車に信号無視を発見されました。
それまで普通に走っていた街宣車が大爆音で軍歌を鳴らし始め、追走してきました。
追い越しざまにスピーカーを使い、「そこの中学生!信号無視はいけないぞ!お父さんお母さんが悲しむぞぉ!」と手を振りながら走り抜けていきました。
訳のわからぬ恐怖感と、街宣車に励まされた妙な嬉しさは、いまだにはっきりとその情景を思い出させます。


もうひとつは、ある日のこと、いつものように午前4時ごろ、(真っ暗だったので少なくとも夏ではなかったと思います。)権現堂に向かい、単身で国道4号を北上していました。

なんとなく赤いランプの気配を感じ、後ろを振り向くと、パトカーが赤色灯を焚いて、僕の後ろを追尾していました。

怖くなり、ダッシュで逃げだしました。

当然ながらパトカーはサイレンまで鳴らし追いかけてきます。

瞬間、顔は青ざめ、無我夢中で小さな路地を行き来し逃げまくりました。

それでも執拗に追いかけられ、ついに行き止まりに追い込まれました。

物陰に身を寄せ、潜んでいましたがあえなく御用。

ひとりの警官に羽交い絞めされ、もうひとりの警官に警棒で頭を殴られました。

「なにやってるんだぁ!」

『つ・・・釣りに行くところなんです・・・』

「釣りぃ?見せてみろ。」
とタックルボックスを開けられくまなくチェックされました。
「なんで逃げるんだ?」

『子供が夜中に出歩いているから怒られると思って・・・。怖くなって逃げました・・・。』

「てこずらせやがって。逃げなきゃ殴られないんだよ。」
今度は拳でげんこつ。

とりあえず疑惑は晴れ、無事に解放されました。

が、その日は完全に戦意喪失。

茫然自失で自宅に帰りました。

・・・続く






 

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