東京湾奥のバチ抜け激減?!その深刻な理由を解説します

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春先の風物詩ともいえる「バチ抜け」。シーバスアングラーにとっては待ち遠しい爆釣シーズンですよね。しかし近年、特に東京湾奥、隅田川周辺の運河などで「バチが減ったなぁ…」と感じているベテランアングラーの方も多いのではないでしょうか?

実はこの「バチ抜け減少」、単なる釣果の問題だけでなく、東京湾の生態系が抱える深刻な問題のサインかもしれません。今回は、なぜ東京湾奥でバチが減ってしまっているのか、その背景にある複数の要因を、専門的な視点から分かりやすく解説していきます。

そもそも「バチ抜け」って何?主役のゴカイたちの生活

「バチ抜け」とは、ゴカイやイソメといった多毛類(たくさんの毛が生えたミミズのような生き物)が、産卵のために普段暮らしている海底の砂泥から一斉に水中へ泳ぎ出す現象のことです。このとき泳ぎ回るゴカイたちのことを、釣り用語で「バチ」と呼びます。

東京湾でバチ抜けの主役となるのは、主に「ヤマトカワゴカイ」という種類のゴカイです 。彼らは普段、河口近くの干潟や砂泥の中に棲んでいますが、繁殖期になると姿を変え(専門用語でエピトーク化といいます)、水中を漂って卵や精子を放出します 。この行動は、月の満ち欠け(特に新月や満月の大潮の頃)や潮の満ち引き、水温といった自然のリズムと深く関わっています 。   

 

バチは、スズキ(シーバス)などの魚にとって、栄養満点で食べやすいご馳走です。そのため、バチ抜けシーズンは魚たちの活性も上がり、私たち釣り人にとっても絶好の機会となるわけです 。   

 

なぜバチが減っているの?考えられる4つの大きな原因

では、なぜ東京湾奥、特に隅田川のような都市部の運河でバチが減ってしまっているのでしょうか?残念ながら、その原因は一つではなく、複数の環境問題が複雑に絡み合っていると考えられます。

原因1:息苦しい水とヘドロの海底~水質・底質の悪化~

  • 夏の風物詩?酸欠地獄(貧酸素化) 東京湾奥では、夏になると水温が上がり、プランクトンが大量発生しやすくなります。このプランクトンが死んで沈み、分解される過程で大量の酸素が消費され、特に海底近くでは深刻な酸素不足(貧酸素状態)が慢性的に発生しています 。ひどい時には、ほとんど酸素がない状態(無酸素状態)になることもあります 。隅田川のような都市河川の運河部では、この貧酸素な海水が湾奥から遡って入り込みやすく、ゴカイたちにとっては非常に厳しい環境です 。荒川区の調査でも、隅田川の尾竹橋などで夏場にDO(水中の酸素量)が極端に低くなることが確認されています 。   
  • ヘドロと猛毒ガス(硫化水素) 酸素がなくなると、海底にたまった有機物(プランクトンの死骸や生活排水など)は、酸素を使わない特殊な細菌によって分解されます。このとき、卵が腐ったような臭いのする猛毒のガス「硫化水素」が発生します 。東京湾奥のヘドロが溜まりやすい場所では、この硫化水素が高濃度で蓄積していることが報告されており 、ゴカイ類にとってはまさに毒の海。生きていることすら困難な状況になってしまいます。隅田川の運河の底も、泥状で有機物が多い環境なので、同様の問題が起きている可能性が高いです 。   

原因2:暑すぎる東京湾~地球温暖化と水温上昇~

地球温暖化の影響は東京湾も例外ではありません。東京湾の水温は長期的に上昇傾向にあることが確認されています 。水温が上がると、ゴカイのような変温動物は代謝が活発になり、より多くの酸素が必要になります。ただでさえ酸素が少ないところに、この酸素要求量の増加は致命的です。   

 

さらに、水温はゴカイの産卵時期を決定する重要なスイッチでもあります 。水温が異常に高くなったり、上昇のタイミングがずれたりすると、バチ抜けの時期が狂ってしまい、せっかく産卵しても子供たちがうまく育たない(例えば、エサとなるプランクトンの発生時期とずれてしまうなど)といった問題も起こりえます。   

 

原因3:ゴカイたちのマイホーム消失~護岸化と干潟の減少~

かつての東京湾には広大な干潟が広がっていました。干潟は、ヤマトカワゴカイにとって大切な産卵場所であり、子供たちが育つ場所でもあります 。しかし、都市開発や埋め立てによって、東京湾の自然な海岸線の多くはコンクリートの垂直な護岸に姿を変え、干潟の面積は激減してしまいました 。隅田川周辺の運河は、その典型で、ほぼ100%人工的な岸壁に囲まれています。   

 

ゴカイたちにとって、住処であり産卵場所でもある干潟が失われたことは、個体数の減少に直結する大きな問題です。硬く平坦なコンクリート護岸は、複雑な自然の干潟環境とは異なり、多くのゴカイ類が生息するには適していません。

原因4:ゴカイの赤ちゃんが帰れない?~幼生期の試練~

ヤマトカワゴカイの卵は水中で受精し、しばらくの間プランクトンとして水中を漂う幼生期を過ごします 。この幼生たちは、潮の流れに乗って移動し、やがて親と同じ干潟や砂泥底にたどり着いて定着し、成長します。   

 

しかし、港湾構造物(堤防や岸壁など)の建設や、河川の直線化、浚渫(海底を掘ること)などによって、水の流れは大きく変わってしまいました 。これにより、ゴカイの幼生たちがうまく適切な場所へ運ばれなかったり、途中で力尽きてしまったりする可能性が考えられます。また、ようやくたどり着いた場所が、前述のような貧酸素や硫化水素に汚染された場所であれば、そこで生き残ることは非常に困難です。生息場所が分断され、孤立してしまうことも、個体群の維持を難しくする要因となります 。   

 

まとめ:バチ抜け減少は東京湾からのSOS

隅田川流域の港湾運河でバチ抜けが減っている背景には、

  1. 水質・底質の悪化(貧酸素、硫化水素)
  2. 水温の上昇
  3. 生息場所(干潟)の減少と質の低下
  4. 幼生の生育環境の悪化と移動の困難さ

といった複数の環境問題が複雑に絡み合っていると考えられます。これらの問題は、互いに影響しあい、状況をさらに悪化させている可能性もあります。

バチ抜けの減少は、釣り人にとっては残念なことですが、それ以上に、東京湾の生態系が危機的な状況にあることを示す重要なサインと言えるでしょう。この豊かな漁場を未来に残すためには、水質改善への取り組みや、自然に近い護岸・干潟の再生など、私たち一人ひとりが関心を持ち、できることから行動していくことが大切です。

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