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suzuyu
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▼ バカ息子宅急便被災地へ
- ジャンル:日記/一般
東京から被災地いわき市へ救援物資を自家用車で届ける。
個人で被災地へ向かうという、バカな決断をした理由は、
本日朝特集番組があったそうだが、故郷には風評被害で
物資が届かない状況に危機感を感じたから。
近隣の高校で12人のお年寄りが「避難所で死亡」した事件も
多少ショッキングではあったがたぶん、虫のしらせか何か。
でも自分なりにルールを決めてみた。
その一つがたった今終わった「東京での仕事をきっちりやる」こと。
内容も震災関連の企業広告だけになおざりにできない。
道路事情も考え、深夜便、早朝帰宅の強行スケジュールを組む。
そして二つ目、「買占め行為で得たものを持っていかない」
基本的には家にある余剰品と、当面なくても東京では困らないもの、
そしてスーパーで残り少ない缶づめ、乾電池などをひとつづつ入手。

カセットコンロは家のものを・・・たまたまボンベ3缶あった。
これを、ふつーの自家用車に積んで東京をでたのは22:00.

そうそう、途中に兄貴がいる日立にも物資を中継。
そして3つ目「ガソリンを給油しない」こと。
つまり現在のガソリンで往復するということ。
東京の人間が被災地でガソリン争奪戦に加わるなど、
アホウもいいところですよね。

残量約50リッター、少なく見積もっても500km。おつりがくる。
三郷から水戸までは普通に高速道路で。
途中で常磐交通のカラのバス4台発見!
たのむからいわきと東京間の長距離バス運行してくれ。
足がない、ガスがないなどでいわきを脱出できない人が
本当にいっぱいいるんだ!準備のための動きであることを祈る・・・。
守谷SAでは2,000円分の給油のために約1時間30分待ちの行列が。
そして水戸ICで強制的に退場、こっから日立市街まで下道。
ガソリンの燃費を考えて夜間のすいている時間にしたこともあり、
すいすい。

道路は日立市南の6号国道の橋脚のつなぎ目に段差が多数。
日付がかわったころ、日立の兄貴の家に無事到着。
あまり知らないと思うけど、大洗~日立付近は結構被害が大きく、
断水中のため兄貴一家は1週間風呂に入ってない。
だから、食品<水 が喜ばれた。
本当はいわきの避難所の子供に少しでもと多めに持ってきた
お菓子に、「子供、かわいそうだったんだありがとう!」
といわれた日にゃ取り返せない・・・。

まー当人は深夜で眠ってるわけですが・・・。
小一時間話をしていよいよいわき市へ。
もちろん下道・・・正直ガソリンやばそうだったら引き返そうと思ってた。
そして道の状態も気になっていた。
兄貴に聞いてみると、6号はいけるとのこと。
省エネ走行でガスも予想以上に良好、GOサインだ。
6号国道を北上するにつれ、TVで見た北茨城市の被災風景が
現実味を帯び始める。しかし道は良好で一か所通行止めだけ。

磯原で少し迂回が必要。そして迂回ルートの途中では、
大きく損傷した道路が。

むう、こえー。6号国道沿いの被害はこの一帯が一番だった。
(走ったなかではね)
そしてついに福島県内突入。

と思ったらいきなり洗礼。
もういっちょ。

たたみかけるねーー。
家に行く前にやることがひとつ。「給水」。
これも初めての経験。

ウチは浄水場が比較的近くてよかったけど、
ヨボヨボのじいちゃんが数km自転車で来て、
ポリタンクの水を積んでよろよろしながら帰っていくそうだ。
AM3:00ぐらいにようやくいわき市の実家に到着。
断水対策はなぜか兄貴のところより万全。


これは一安心。近くで譲ってくれる方がいるよう。
問題は・・・食糧。
米と味噌、そしてオカラ、つけもの、調味料・・・。
冷蔵庫は飲み物以外、ほとんど何もない。
スーパーの買い出しは暗いうちから並ばないとアウト。
しかもそれには車が必要で、ガソリンがないからこれも
暗いうちから並ばないと、いやガソリンが入ってくるかどうか
わからないところにも並んでいるそうだ・・・。
2ch、ツィッターで情報を仕入れる若者に先行され、
情報弱者の年寄にはほぼノーチャンスというのが現実。
「なんで食糧やばいって言わない?」
帰ってきた返答を聞いて絶句。
「心配かけて悪いから・・・」
忘れていた。年寄、しかも東北人の「我慢する」習性を。
怖くなった。そんな年寄がこの地域にどのぐらいいるのかを想像して。
今は悲惨だがもうすぐ避難所には物資も届くだろう。
でも、数ヵ月後、自宅で静かに救援を待っていた
じいちゃん、ばあちゃんが大量にみつからないことを切に願う。
放射能対策で、雨戸を閉めるなどをしていることも
発見を遅らせることにつながりかねない・・・。
で、いつものとおり「ご飯食べていきなさい」
AM3:30、被災地、爆発したような余震が続くなか、
なけなしのごちそうをレンジアップしてくれた。

少し泣きそうになりつつ、全部食う。
食糧事情を思いやってこれを食わないのはむしろ罪だ。
そう思う。おみやげに孫の写真と動画を見せる。
笑ってる・・・。あー、来てよかった。
社会全体からみると非効率で身勝手な行為かもしれない。
でも、誰がなんといおうと今回の自分の判断は正かったんだと
両親の笑顔を見て確信できた。
結局、避難所には何も届けられなかった。
あえてそのままにした子供のチャイルドシートに
急病の子供を乗せて東京に連れてくることもできなかった。
1枚だけもっていった毛布と避難袋一式も、わが身かわいさで
養老ホームにおいてこれなかった。
でも、家族の笑顔が罪悪感をぬぐってくれた。
「しゃーんめ」
この地方の方言で「しょうがないだろ」って意味。
「んだな」

AM8:00すぎ、無事自宅到着。
ぴったり400km、残ったガソリンの量は自分の決めたルールの重み。
そして、やっぱり連れて帰れなかった両親の重み。
個人で被災地へ向かうという、バカな決断をした理由は、
本日朝特集番組があったそうだが、故郷には風評被害で
物資が届かない状況に危機感を感じたから。
近隣の高校で12人のお年寄りが「避難所で死亡」した事件も
多少ショッキングではあったがたぶん、虫のしらせか何か。
でも自分なりにルールを決めてみた。
その一つがたった今終わった「東京での仕事をきっちりやる」こと。
内容も震災関連の企業広告だけになおざりにできない。
道路事情も考え、深夜便、早朝帰宅の強行スケジュールを組む。
そして二つ目、「買占め行為で得たものを持っていかない」
基本的には家にある余剰品と、当面なくても東京では困らないもの、
そしてスーパーで残り少ない缶づめ、乾電池などをひとつづつ入手。

カセットコンロは家のものを・・・たまたまボンベ3缶あった。
これを、ふつーの自家用車に積んで東京をでたのは22:00.

そうそう、途中に兄貴がいる日立にも物資を中継。
そして3つ目「ガソリンを給油しない」こと。
つまり現在のガソリンで往復するということ。
東京の人間が被災地でガソリン争奪戦に加わるなど、
アホウもいいところですよね。

残量約50リッター、少なく見積もっても500km。おつりがくる。
三郷から水戸までは普通に高速道路で。
途中で常磐交通のカラのバス4台発見!
たのむからいわきと東京間の長距離バス運行してくれ。
足がない、ガスがないなどでいわきを脱出できない人が
本当にいっぱいいるんだ!準備のための動きであることを祈る・・・。
守谷SAでは2,000円分の給油のために約1時間30分待ちの行列が。
そして水戸ICで強制的に退場、こっから日立市街まで下道。
ガソリンの燃費を考えて夜間のすいている時間にしたこともあり、
すいすい。

道路は日立市南の6号国道の橋脚のつなぎ目に段差が多数。
日付がかわったころ、日立の兄貴の家に無事到着。
あまり知らないと思うけど、大洗~日立付近は結構被害が大きく、
断水中のため兄貴一家は1週間風呂に入ってない。
だから、食品<水 が喜ばれた。
本当はいわきの避難所の子供に少しでもと多めに持ってきた
お菓子に、「子供、かわいそうだったんだありがとう!」
といわれた日にゃ取り返せない・・・。

まー当人は深夜で眠ってるわけですが・・・。
小一時間話をしていよいよいわき市へ。
もちろん下道・・・正直ガソリンやばそうだったら引き返そうと思ってた。
そして道の状態も気になっていた。
兄貴に聞いてみると、6号はいけるとのこと。
省エネ走行でガスも予想以上に良好、GOサインだ。
6号国道を北上するにつれ、TVで見た北茨城市の被災風景が
現実味を帯び始める。しかし道は良好で一か所通行止めだけ。

磯原で少し迂回が必要。そして迂回ルートの途中では、
大きく損傷した道路が。

むう、こえー。6号国道沿いの被害はこの一帯が一番だった。
(走ったなかではね)
そしてついに福島県内突入。

と思ったらいきなり洗礼。
もういっちょ。

たたみかけるねーー。
家に行く前にやることがひとつ。「給水」。
これも初めての経験。

ウチは浄水場が比較的近くてよかったけど、
ヨボヨボのじいちゃんが数km自転車で来て、
ポリタンクの水を積んでよろよろしながら帰っていくそうだ。
AM3:00ぐらいにようやくいわき市の実家に到着。
断水対策はなぜか兄貴のところより万全。


これは一安心。近くで譲ってくれる方がいるよう。
問題は・・・食糧。
米と味噌、そしてオカラ、つけもの、調味料・・・。
冷蔵庫は飲み物以外、ほとんど何もない。
スーパーの買い出しは暗いうちから並ばないとアウト。
しかもそれには車が必要で、ガソリンがないからこれも
暗いうちから並ばないと、いやガソリンが入ってくるかどうか
わからないところにも並んでいるそうだ・・・。
2ch、ツィッターで情報を仕入れる若者に先行され、
情報弱者の年寄にはほぼノーチャンスというのが現実。
「なんで食糧やばいって言わない?」
帰ってきた返答を聞いて絶句。
「心配かけて悪いから・・・」
忘れていた。年寄、しかも東北人の「我慢する」習性を。
怖くなった。そんな年寄がこの地域にどのぐらいいるのかを想像して。
今は悲惨だがもうすぐ避難所には物資も届くだろう。
でも、数ヵ月後、自宅で静かに救援を待っていた
じいちゃん、ばあちゃんが大量にみつからないことを切に願う。
放射能対策で、雨戸を閉めるなどをしていることも
発見を遅らせることにつながりかねない・・・。
で、いつものとおり「ご飯食べていきなさい」
AM3:30、被災地、爆発したような余震が続くなか、
なけなしのごちそうをレンジアップしてくれた。

少し泣きそうになりつつ、全部食う。
食糧事情を思いやってこれを食わないのはむしろ罪だ。
そう思う。おみやげに孫の写真と動画を見せる。
笑ってる・・・。あー、来てよかった。
社会全体からみると非効率で身勝手な行為かもしれない。
でも、誰がなんといおうと今回の自分の判断は正かったんだと
両親の笑顔を見て確信できた。
結局、避難所には何も届けられなかった。
あえてそのままにした子供のチャイルドシートに
急病の子供を乗せて東京に連れてくることもできなかった。
1枚だけもっていった毛布と避難袋一式も、わが身かわいさで
養老ホームにおいてこれなかった。
でも、家族の笑顔が罪悪感をぬぐってくれた。
「しゃーんめ」
この地方の方言で「しょうがないだろ」って意味。
「んだな」

AM8:00すぎ、無事自宅到着。
ぴったり400km、残ったガソリンの量は自分の決めたルールの重み。
そして、やっぱり連れて帰れなかった両親の重み。
- 2011年3月18日
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