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情報があふれてる時代を考えて

  • ジャンル:日記/一般

情報は時に人をおかしくする。

私は以前SNSを利用し釣果を投稿していた。その釣果情報をみて「どこで釣ったのですか?ルアーは?どうやれば釣れますか?」と知らない方からメッセンジャーが来た事がある。
同じポイント、同じルアーで釣ってもそれは自分で釣った魚とは言えないし、人からポイントを聞いていかにも自分のポイントのように言うのもどうなのか?

勿論ポイントを人に教える事はしない。私はケチなのだ。だからほとんど単独釣行である。(たいしたポイントはわからないけど…)

案内してもらいポイントを教えていただいた事はある。どうしてもそのポイントへ行きたい時は承諾を得てから単独で行く。

ポイントを教えても釣れなければ釣れないと言われるのは目に見える。

自分の足で藪を漕ぎ、ウエーダーに穴を空け見つけたポイントは釣れなくても、誰も入った事のないポイントを独り占めした気分で優越感に浸りラッキーと思ってしまう。(安全第一が最優先である)

情報はあくまでも参考程度とし、その釣り方を同じポイントではなく違うポイント、違う状況で試し、その時のベイトを推測し魚の動きを予測し組み立て、自分の釣り方として取り入れていくならいいと思う。考えて釣れた小さい1匹。物凄い嬉しくはないか。

それが釣りの醍醐味ではないのかと私は思っている。

魚への価値観は人それぞれだが、釣果ばかりにとらわれ本来の釣りの姿が失われているような気がする。

魚が釣れる事は釣りの1番の醍醐味なのは確かだ。フック、糸、ロッド、リールを通して指に感じるあの感覚にはまってしまったらもう辞めやれない。虜になってしまう。

しかし釣れないから釣りは楽しいのではないか。

釣れなければ考える。考えて状況を確認し釣れる。釣れると楽しい。また釣りしたい。と思うはず。

どのタイミングでなぜその魚に会えたか、自分の思い描いた釣り方で魚が出せたかが大切だと思う。

 

マナーについてはどうなのか。

ゴミやタバコのポイ捨て、無断駐車、場所をわきまえず大声をだし、トイレを我慢できず私有地内で野〇ソをする。立入禁止でもフェンスを乗り越えお構いなしで入ってしまう。大きなテトラポットの上にサンダルでライフジャケットも付けず立っている人もいる。

そんな場面に出くわした事はあるが一言「危ないですよ」「駄目ですよ」と言えない自分もいるのは確かである。

言われる側は大きなお世話かもしれないが、見ている側はオイオイ大丈夫かと心配になる。

最近テトラポットから転落した方もいる。

これでは、世間から見る釣り人のイメージはいつになっても良くならない。

釣りには様々な形体があって良いと思うが、ルールを守る、安全を優先する、人に心配をかけない事は大人として当たり前なのではないか。

皆、車を運転する時シートベルトしている。

シートベルトをする。シートベルトをするという交通ルールを守ってる事ではないか。

なぜこの交通ルールは守れるのに、親切に立入禁止と書いた看板があるのに、やってはいけないと分かっているルールを守る事ができないのか。

釣りとは何なのか。あの感覚を知ってしまい中毒になったのか。中毒性の高い趣味なのか。
たった1人がルールを守れないって事は、釣りをしない人から見れば釣り人はみんなルールを守れない人だと思われても仕方ない。

 

最後にいつまでも釣りが出来るように発信側も考える時が来ていると感じる。

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