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人に秘められた可能性

  • ジャンル:日記/一般
  • (人生)
明日まで釣りに行けないので、ふと思ったことを書いてみます。


100を超えるアクセス数も一週間ぐらいしか続かなかったし(涙)




僕の知識なんぞたかが知れてるし、人によって考え方に違いがあるけど、

ここでは僕が思うことを書きたいと思います。









「人に秘められた可能性」とは?


それは無限に存在するものだから、ここですべてを表現するのは難しい。




数年前から気になってるというか、どうにかならないかと思うことがある。


それは「戦争」である。




この地球上では、遥か昔から「戦争」というものが絶えず続いている。


「ベトナム戦争」、「湾岸戦争」、「イラク戦争」・・・・



こうして表現してしまえば、「続いている」とは思わないかもしれない。




しかし、こうした表現は我々のような第三者が作り出したものであり、

決して個別に考えることはできないものであると僕は思う。



それはなぜか?



一度戦争が勃発すれば、標的のみならずその国や地域で暮らしている

まったく無関係の人達まで犠牲となる。



そして当然、そこで戦うことになる兵士達も、全員ではないが犠牲となる。



それを繰り返し、ようやく標的となる者たちを捕まえることでその戦争は

終結とされる。



しかし、本当の意味での「終結」は迎えてはいない。





戦争は実際に戦闘に参加しない人達が決める。


その人達はそこで「終結」と言うだろう。



だけどそうではない。


犠牲となった無関係の人達、その家族や友人、恋人たち。


戦闘により命を落とした兵士たち、その家族や友人、恋人たち。



残された人たちはどう感じているのか。



それは想像もできないほどの悲しみ。


そしてそれはやがて「憎しみ」へと変わっていく。



その「憎しみ」は消えることはない。



「憎しみ」は時間とともにさらに成長し、最悪「復讐」へと姿を変える。




特に無関係であるにも拘わらず、犠牲となった人達の家族や友人たちの

悲しみは復讐へと変わりやすい。


「命の重さ」が違うという意味ではなく、措かれた立場が違うだけで感じ方は

まるで違う。



復讐の標的は戦争を始めた「国」である。


しかし、10年前、9.11のテロを思い出すとよく分かるが、実際に犠牲となる

のはまったく無関係の人たちだ。


そしてまた「憎しみ」が生まれ、「復讐」へと変貌する。





この繰り返しが「戦争」を終わらせないのである。


○○戦争、というものが終わったとしても、憎しみがなくならない限り、

本当の意味での「終わり」はない。




ではどうしたら終わり、真の平和が訪れるのだろうか。


答えは恐らく、みんな解っている。


しかし、それができないから未だに戦争は絶えないのである。



こうした考えも、自分が当事者でないからと言われるだろう。



だけど本当に「平和」を願うのなら、その「心」をみんなが持たなければ

いけないのも事実。




それが「人に秘められた可能性」であると願うばかりである。








それは「戦争」だけに言えることでは決してない。



そして、「考え方」というのも無限に存在するのである。




すぐ否定したり。


限度はあるが、「これが常識だ」と決め付けたり。



何に対してもそうだけど、否定することは自分にとってすごく楽なこと。


だけどそこで得るものは何もない。



もしも否定から入らずに、それについて考えてみて新たな発見などがあれば

どうだろう。


それが自分の力になるはず。



これが常識だ、と決め付けること。



これもまた限度はあるが間違いだ。


自分の中の常識など、たかが知れてる。



世界に自分と全く同じ生き方をしている人間はいないからだ。


自分の常識がそのまま他人の常識とは限らない。



そういう意味でも、やはり「決め付ける」ということは怖いことである。




まあそれが簡単でないことも事実だけど。





こうして一つ一つについて考えてみても、「人に秘められた可能性」が

無限だということがよく分かる。


僕自身も、こうして書いていても出来ていないことはたくさんある。




どう生きるかは人それぞれだけど、僕はもっと大きな器を持った人間に

なりたいと思う。



死の直前、表情に出なくても心で笑えるような人生を歩いてみたい。

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