初釣り 【1-1】

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 待ち合わせ場所に行くと、すでに誇大魚さんは到着していて、ボンネット(後ろのドアのことなんてんだっけ?)を開けてウェーダーに着替えている最中だった。
 車から降りや否や、真正面からの強風が顔面全体を覆った。しかもそれは凍てつくような冷たさだった。私は顔に当たる風を掌で避けながら、ペコリと頭を下げて誇大魚さんの車に近づいた。
 

 「これは、釣りしちゃいけない風だよな?」
 張り付くようなタイトなネオプレーンのソックスに苦戦しながら、誇大魚さんが問う。
 

 ここで、気軽に“はい”などと即答してしまってはいけない。
 私は知っている! 
 このオッサンが面倒臭いことを。
 その時々で、どんな答えを求めているのか? 顔色やその時の行動を窺ってから真に望んでいる答えを導き出さなければならないのだ。

 

 『う~ん、どうですかね~。まあ1回入ってみましょうか』
 

 誇大魚さんがにっこりと頷く。

 正解だ。完璧に望む答えであった( ̄ー ̄)ニヤリッ
 大体、本当に “釣りしちゃいけない” と思っているなら必死でウェーダーに着替えているわけがないのである。ここで素直に “そうですね” などと答えていたなら、たちまち誇大魚さんの顔は歪んでいただろう。
 
 しかし本音は、こんな向かい風の中で釣りが出来るだろうか?と思った。 普段なら即移動してしまっているところだが、ここは、敢えて誇大魚さんの判断に委ねたい。これが今年の私のテーマでもあるからだ。


 昨年の夏からここ、博多湾の地元フィールドで誇大魚さんと釣りをするようになって、私の目から鱗が落ちた。
 正直言うと、最初 “老いたな!” “タックルボックスの中が古代魚だな” などと思っていた。我々の常識からすると、まるで空回りしているように見えたのだ。それが回数を重ねるうちに、少しづつ何かが見え始めた。空回りにしか見えなかったその釣りが、発想と想像力を駆使した私たちが知らない釣りであることが、判ってきたのである。
 すべてが斬新だった。古くから見知っているはずの場所が、誇大魚さんと釣りをするようになって、新鮮さすら覚えるようになった。それまでの常識や、定石としていた地元フィールドの攻め方が、誇大魚さんによって刷新されていくようでもあった。
 もちろん今までのやり方でも釣れないわけではない。しかし誇大魚さんの釣りには一本筋が通っている。頑なさがある。そして、奇妙なおもしろさがあった。
 私は、段々、そのおもしろい釣りがしてみたくなったのである。今年は、釣果などどうでもいい(釣れるに越したことはなけど...)。私が持っているような、みみっちい知識などかなぐり捨てて、頭の中を空っぽにして挑みたい。今年は想像力と発想で釣りをするのだ。それは原点である【釣りキチ三平】にも通ずるところがある。


 着替えに苦戦している誇大魚さんを待ちながら、そんなことを考えていたら、誇大魚さんがまた口を開いた。

 「先に行っといていいよ」
 今度は、なんだかソワソワしている。
 

 ここで、気軽に“はい”などと即答してしまってはいけない。
 私は知っている! 
 このオッサンが面倒臭いことを。
 その時々で、どんな答えを求めているのか? 顔色やその時の行動を窺ってから真に望んでいる答えを導き出さなければならないのである。
 

 『はい、わかりました』


 素直にそう答えた。
 この場合は、これが正解なのである。胃腸の弱い誇大魚さんは、おそらく野糞をしたいのだろう。私が近くにいて、お尻が出せず困っているのだ。ここは敢えて、速やかにその場を離れる。

 
 我ながら完璧だ( ̄ー ̄)ニヤリッ 。

 
 私は知っている! 
 今日は釣れないだろうということを。
 

 私は知っている! 
 こんな日でも釣れる場所を。
 

 私は知っている!
 けれどそこは誇大魚さんの望む場所ではないことを。
 

 私は知っている!
 誇大魚さんの釣りの面白さを。

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