東京湾奥の釣りが変わる?投げ釣り禁止エリアの急増とシーバス激減、クロダイ急増の現状とヘチ釣りの魅力

近年の東京湾奥、特にシーバスアングラーにとっては少々厳しい状況が続いているかもしれません。

かつてのようなシーバスの釣果がなかなか聞かれなくなり、釣り場自体も制約が増えていると感じている方も少なくないでしょう。
慣れ親しんだ光景が変わりゆくのは、一抹の寂しさを伴います。
しかし、一つの扉が閉ざされつつあるように見えても、新たな、そして魅力的な扉が開かれつつあるのもまた事実です。

その主役こそ、近年東京湾奥で目覚ましい増加を見せている黒鯛(クロダイ)であり、その攻略法として注目される「ヘチ釣り」です。

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本稿では、なぜ今、東京湾奥で黒鯛のヘチ釣りがシーバスフィッシング以上に有望な選択肢となり得るのか、その理由を多角的に掘り下げていきます。
環境の変化、釣り場の規制、そしてヘチ釣りそのものが持つ経済的・技術的な利点など、様々な側面からその将来性を考察します。

シーバスフィッシングに情熱を注いできたベテランアングラーの方々、そして東京湾奥で釣りを始めようと考えている初心者の方々にとって、新たな釣りの楽しみを見出す一助となれば幸いです。

なぜシーバスが減り、クロダイが増えているのか?東京湾奥の環境変化
東京湾奥の魚種バランスに変化が生じていることは、多くのアングラーが肌で感じているところでしょう。
具体的にどのような環境変化が、この背景にあるのでしょうか。

移り変わる潮流:魚種構成の変化を示すデータ
過去10年間で、東京湾ではクロダイが急増しており、クロダイによく似たキビレもまた勢力を拡大しているとの報告があります。
これは、東京湾の生態系が大きく変動していることを示唆しています。
一方で、シーバスに関しては、ユーザーの体感として「減少している」との声が多く聞かれます。
気象条件によっては、シーバスもクロダイも表層での捕食が一時的に減少することはありますが、長期的な傾向としてはクロダイ・キビレに有利な状況が生まれていると考えられます。

環境変化の主要因
この魚種バランスの変化を促している主な環境要因として、以下の点が挙げられます。

海水温の上昇:東京湾の海水温は過去40年間で約1℃上昇し、特に10月から12月にかけては2~3℃も上昇しています。この上昇率は世界の平均と比較しても2倍以上であり、地球温暖化の影響を強く受けていることがわかります。近年の黒潮大蛇行も、東京湾の急激な温暖化に影響していると見られています。冬季の水温上昇は、特にキビレのような南方系の魚種にとっては越冬が容易になることを意味し、生息域の北上や個体数の増加に直結します。実際、東京湾はキビレの分布北限に近く、冬季の低水温が大きな障害でしたが、過去30年で湾奥の最低水温が1℃近く上昇したことで、キビレの越冬が容易になり、勢力拡大に繋がったと分析されています。

水質の変化(富栄養化と貧酸素水塊):東京湾奥は、植物プランクトンを育むリンや窒素を多く含んだ富栄養化傾向の水質です。これが急激な水温上昇と組み合わさると、一時的に表層の水質が悪化し、魚の捕食行動に影響を与えることがあります。より深刻なのは、富栄養化と海水成層によって夏季を中心に発生する貧酸素水塊(酸素濃度が著しく低い水塊)や無酸素水塊です。これらは海底付近に「死の海域」を形成し、底生生物に大きな影響を与えます。貧酸素問題は、COD(化学的酸素要求量)などの流入負荷が減少しても改善の兆しがほとんど見られない、東京湾の最も深刻な水質問題の一つとされています。

餌生物と魚の行動への影響
環境の変化は、そこに生息する餌生物の分布や量にも影響を及ぼし、結果として魚の食性や行動パターンを変えます。
シーバスはイワシなどの小魚や、バチ(ゴカイ類)、カニ、エビなど多様なものを捕食しますが、特定の餌に偏食する傾向も見られます。
水温や酸素量、濁り、餌生物の有無などが捕食スイッチに影響します。東京湾奥でのシーバスの餌は、季節によってアミやバチなどに変化します。
これらの餌生物の発生パターンが変化すれば、シーバスの付き場や釣れ方にも影響が出るでしょう。
クロダイは非常に雑食性が強く、貝類、甲殻類(カニ、エビ)、多毛類(ゴカイ)、さらには海藻まで食べます。この食性の幅広さが、環境変化への適応力を高めている一因と考えられます。東京湾ではクロダイとキビレが共存しており、クロダイは杭の付着生物を、キビレは砂泥底を漁るなど、微妙な棲み分けと豊富な餌生物の存在によって成り立っているとされます。

特に近年、東京湾奥ではカンザシゴカイ(通称パイプ)と呼ばれる環形動物が増え、クロダイの良い餌になっているとの報告もあります。
これらの要因が複合的に作用し、クロダイやキビレにとっては生息しやすい環境が整いつつある一方で、シーバスにとっては相対的に厳しい条件となっている可能性が考えられます。特に、冬季の水温上昇による南方系魚種の活性化と定着、河口域の環境回復、そしてクロダイ自身の高い環境適応能力と豊富な餌の存在が、現在の「クロダイ増加」の背景にあると言えるでしょう。シーバスが特定のベイトフィッシュの動向に左右されやすいのに対し、クロダイは岸壁に付着する貝類や甲殻類、海底のゴカイ類など、ヘチ釣りで狙いやすい餌をコンスタントに捕食できるため、個体数を維持・増加させやすい状況にあるのかもしれません。

肩身が狭くなるシーバスアングラー:広がる「投げ釣り禁止」エリア
東京湾奥でのシーバスフィッシングを取り巻く環境は、魚影の変化だけでなく、釣り場の規制という面でも厳しさを増しています。特にルアーキャスティングを主体とするアングラーにとって、「投げ釣り禁止」エリアの拡大は深刻な問題です。

縮小する活動範囲:「投げ釣り禁止」の現実
近年、東京湾奥の多くの釣り場で「投げ釣り禁止」の看板が目立つようになりました。江東区や品川エリアなど、かつては自由に竿を出せた運河筋でも釣り禁止区域が広がり、「湾奥シーバス、オワコン確定か」といった悲観的な声も聞かれるほどです。

具体的な規制事例
いくつかの人気釣り場を例に挙げると、その厳しさが浮き彫りになります。

若洲海浜公園:海釣り施設(防波堤部分、人工磯、売店前護岸)では、「投げ釣り(振りかぶって投げる、横から投げる釣り)」および「ルアー釣り(同様のキャスティングを伴うもの)」が明確に禁止されています。これは、ルアーフィッシングの代表的なスタイルがほぼ不可能であることを意味します。

横浜みなとみらい地区:このエリアも多くの場所で投げ釣りが禁止されており、足元でのサビキ釣りやヘチ釣りが推奨されています。臨港パーク、赤レンガ倉庫、山下公園といった有名スポットでも同様の規制があり、看板には「ルアー釣りを含む投げ釣り禁止」と明記されている場合もあるとのことです。これは、シーバス狙いの一般的なルアーキャスティングがほぼできない状況です。

SOLAS条約の影響:港湾施設周辺では、SOLAS条約(海上における人命の安全のための国際条約)に基づく保安対策として、釣り自体が禁止されたり、制限されたりするケースが増えています。これも、都市部の釣り場が減っている一因です。

これらの規制の背景には、釣り人と他の公園利用者(歩行者、自転車など)との安全確保、港湾施設の保安、ゴミ問題や騒音といったマナー問題など、複合的な理由が存在します。特に、ルアーをキャストする行為は、周囲への一定の安全マージンが必要となるため、人が多い都市部のウォーターフロントでは制限されやすい傾向にあります。

ヘチ釣りの適合性
一方で、ヘチ釣りは竿下へ静かに仕掛けを落とし込む釣法であり、キャストを伴いません。そのため、周囲への危険性が低く、他の利用者とのトラブルも起きにくいという特性があります。この点が、多くの「投げ釣り禁止」エリアでもヘチ釣りが容認、あるいは推奨される理由の一つとなっています。つまり、規制が厳しくなるほど、ヘチ釣りの相対的な実行可能性は高まるのです。都市開発が進み、水辺が多目的な空間として利用されるようになるほど、ヘチ釣りのような周囲への負荷が少ない釣り方が、アクセスを維持しやすいと言えるでしょう。

シーバスフィッシングで多用されるキャスティングを伴う釣り方が多くの場所で制限されている一方で、ヘチ釣りは依然として可能な場合が多いことが示されています。これは、ヘチ釣りの将来性を考える上で非常に重要なポイントです。

ヘチ釣りのススメ:低コストで始められ、奥が深い釣りの世界
シーバスフィッシングが釣り場の制約や魚影の変化に悩まされる一方で、ヘチ釣りは手軽さ、経済性、そして釣りの奥深さという点で、多くの魅力を持っています。

A. 手軽な道具と驚きの低コスト
ヘチ釣りの最大の魅力の一つは、そのシンプルさと経済性です。

ミニマリストな道具立て:ヘチ釣りに必要な基本タックルは、専用竿(初心者は他の短い竿でも代用可能)、シンプルなリール(太鼓リールや小型スピニングリール)、道糸、ハリス、ハリ、そして小さなオモリ程度です。竿の長さは2~3mが一般的で、取り回しの良い短めのものが推奨されます。

驚きのコストパフォーマンス:ヘチ釣りの入門セットは非常に手頃な価格で入手可能です。竿やリール単体でも数千円からあり、セット品も1万5千円~2万円程度で見つかります。非常にベーシックなものであれば、さらに低予算で揃えることも可能です。 これに対し、シーバスフィッシングの初期投資は一般的に高額になりがちです。入門用でも一式揃えると5万円~6万円程度かかるという試算もあります(竿1万円~、リール1万円~、PEライン、リーダー、ルアー複数個3千5百円~、ランディングネット1万1千円~、ライフジャケット1万円~など)。別の試算では、竿・リール・ラインだけで3万円程度とされていますが、これにはルアーやネット、安全装備は含まれていません。


安価なエサ vs 高価なルアー:シーバス用ルアーは1個平均2,000円程度と高価で、1回の釣行で数個ロストすれば1万円の損失になることも珍しくありません。これはアングラーにとって大きな経済的負担です。 対照的に、ヘチ釣りのエサは非常に安価、あるいは無料で手に入ることもあります。イガイやカラス貝、カニなどは釣り場で採取できることもありますし、冷凍ムール貝が500gで321円といった価格で販売されている例もあります。中には黒豆を代用餌として釣果を上げている人もいるほどです。これにより、釣行ごとの費用を大幅に抑えることができます。

B. メーカーに振り回されない!道具の性能が釣果に直結しない理由
ヘチ釣りのもう一つの大きな利点は、高価な最新タックルに頼らなくても十分に楽しめる点です。

技術が釣果を左右する:ヘチ釣りの核心は、アングラーの技術にあります。いかに自然にエサを落とし込めるか、微細なアタリを察知できるか、そして狙うべきタナやポイントを見極められるか、といった点が釣果を大きく左右します。まさに「あとは釣り人の腕しだい」であり、エサの落とし方が重要とされています。腕のストロークだけでエサを落とし込むシンプルな動作が基本です。

「タックルの連鎖」からの解放:一部のルアーフィッシングでは、次々と登場する新素材のロッドや最新技術を搭載したリール、斬新なデザインのルアーが釣果アップを謳い、アングラーは常に新しいものを追い求めるプレッシャーを感じることがあります。

しかし、ヘチ釣りのタックルは比較的シンプルで、一度基本的な性能を満たしたものを揃えれば、長年にわたり使い続けることができます。釣具の性能が釣果に直結しにくいため、定期的な買い替えの必要性が低いのです。これは、常に最新情報を追いかけ、高価な道具を揃えることに疲れたアングラーにとっては大きな魅力となるでしょう。ヘチ竿の選択肢は、1万円以下の手頃なモデルから高級品までありますが、求められる基本性能は感度と操作性であり、必ずしも最先端技術や高価な素材が不可欠というわけではありません。

この「メーカーに振り回されない」という側面は、経済的なメリットだけでなく、心理的な解放感ももたらします。道具の性能に一喜一憂するのではなく、純粋に魚との駆け引きや自然を読むスキルを磨くことに集中できる。これは、釣りの本質的な楽しみを再発見させてくれるかもしれません。シーバスフィッシングでは、ルアーの種類、アクション、カラー、そしてそれらに合わせた専用タックルと、選択肢が多岐にわたるため、ともすれば「良い道具を持たなければ釣れない」という強迫観念に繋がりかねません。ヘチ釣りは、そうした道具への依存からアングラーを解き放ってくれる可能性を秘めています。

シーバスアングラーも納得!ヘチ釣りのテクニックと楽しさ
ヘチ釣りは、そのシンプルさゆえに奥が深く、シーバスフィッシングで培った経験や知識も大いに活かせる釣りです。

A. 基本の釣り方と釣果アップのコツ
ヘチ釣りの本質:ヘチ釣りの基本は、岸壁や杭などの垂直なストラクチャーに沿って、エサを付けたハリを落とし込み、そこに潜む魚や捕食のために回遊してくる魚を狙うことです。狙う水深(タナ)を意識した「タナ釣り」や、海底までエサを届ける「底釣り」といったアプローチがあります。重要なのは、道糸を適度に張らず緩めずの状態に保ち、エサが自然に沈んでいくように演出することです。ブラクリ仕掛けなどを使用し、エサを底からわずかに浮かせて潮流で自然に漂わせるのも効果的です。

アタリの察知:微細な変化を読む技術:ヘチ釣りのアタリは、竿先が引き込まれるような明確なものばかりではありません。道糸の動きが止まる、フケる、横に走る、あるいは竿先に重みが乗るような「モタレ」といった、ごく僅かな変化として現れることが多いです 。この繊細なアタリを読み取るのが、ヘチ釣りの醍醐味であり、スキルが問われる部分です。

タックルの流用(初期段階):本格的なヘチ竿が理想的ではありますが、シーバスアングラーがヘチ釣りを試してみる場合、手持ちの短めで感度の良いシーバスロッドでも代用が可能です。これにより、初期投資を抑えて新しい釣りに挑戦できます。もちろん、専用竿の方が風の影響を受けにくかったり、操作性に優れていたりしますが、まずは試してみることが重要です。

異なる挑戦の魅力:ポイントを読み、魚の行動を予測し、正確なアプローチを試みるという戦略的な要素は、シーバスフィッシングもヘチ釣りも共通の面白さです。ヘチ釣りは、より繊細で、時には視覚的にも楽しめる、奥深い駆け引きを提供してくれます。あるアングラーがヘチ釣りのアプローチを試行錯誤する様子からは、経験豊富なアングラーが新たな釣りに知的好奇心を刺激される様がうかがえます。シーバスアングラーがヘチ釣りも楽しんでいる例もあり、両立可能な魅力的な釣りであることがわかります。

シーバスフィッシングで培われた「魚の居場所を見つける感覚」や「潮を読む力」は、ヘチ釣りという新たな舞台で必ず活きてきます。それは、全く新しい釣りをゼロから学ぶのではなく、既存のスキルセットを新しいターゲットとメソッドに適用する、知的でエキサイティングな挑戦と言えるでしょう。壁際という限られた空間で、いかに魚に口を使わせるかという戦略は、シーバスのストラクチャー撃ちにも通じるものがあります。

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まとめ:東京湾奥の未来はヘチ釣りにあり?新しい釣りの扉を開こう
これまで見てきたように、東京湾奥の釣り環境は確実に変化しています。その中で、ヘチ釣りは多くの可能性を秘めた釣法として、ますますその存在感を増していくでしょう。

環境変化への適応:海水温の上昇やそれに伴う生態系の変化により、クロダイの個体数が増加傾向にある一方で、シーバスは以前ほどの安定した釣果が得にくくなっている可能性があります。この変化に対応する上で、現在隆盛を誇るクロダイをターゲットとするヘチ釣りは、時流に乗った選択と言えます。

釣り場規制への対応:都市部を中心に「投げ釣り禁止」エリアが拡大する中、キャストを伴わないヘチ釣りは、多くの場所で引き続き楽しむことが可能です。これは、釣り場確保の観点から非常に大きなアドバンテージとなります。

経済性と手軽さ:初期投資や継続的な費用を大幅に抑えられるヘチ釣りは、より多くの人が気軽に始められ、長く続けやすい釣りです。また、道具の性能に釣果が左右されにくいという点は、メーカーの販売戦略に振り回されることなく、純粋に釣りの技術を追求したいアングラーにとって魅力的です。

シーバスフィッシングに情熱を注いできたアングラーにとって、この変化は戸惑いや寂しさを伴うかもしれません。しかし、これは「終わり」ではなく、「進化」と捉えることもできます。東京湾は依然として豊かな恵みをもたらしてくれるフィールドであり、ただ、その主役や攻略法が変わりつつあるのかもしれません。
これまでシーバス一筋だった方も、あるいはこれから東京湾奥で釣りを始めようという方も、ぜひ一度ヘチ釣りの世界を覗いてみてください。それは決して「格下」の釣りなどではなく、繊細なアタリを読み、巧みな竿さばきで魚をいなす、奥深く戦略的な釣りです。シーバスフィッシングで培った経験は、必ずやこの新しい挑戦で活かされるはずです。

都市の喧騒の中で、水際の静寂と向き合い、魚との一対一の駆け引きに集中する。ヘチ釣りは、そんな贅沢な時間を提供してくれます。環境の変化や規制の波を乗りこなし、したたかに、そして豊かに釣りを楽しむ。そんな新しい釣りの扉を、ヘチ釣りが開いてくれるかもしれません。

この記事が、皆様の今後のフィッシングライフにとって、何かしらのヒントとなれば幸いです。ぜひ、ご自身の経験やご意見もお聞かせください。
 

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