プロフィール

村上晴彦

大阪府

プロフィール詳細

カレンダー

<< 2025/7 >>

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

検索

:

タグ

タグは未登録です。

アクセスカウンター

  • 今日のアクセス:28
  • 昨日のアクセス:31
  • 総アクセス数:211635

QRコード

ベイトリール昔話 ①

  • ジャンル:日記/一般
ダイワ派な人 シマノ派な人 そのほかいろいろあると思いますが、ちょっとマニアックな事を書いてみようかなと…。
先ずは 第一章
もともと自分はシマノ派でした。(最も昔はミリオネア1000cと3000っていうのを使ってた。)シマノのバンタム251SGってやつを高校の時に手に入れ バンタムGRってロッドと一緒に使ってた。

当時左巻きっていうのがほとんどなくて 予約して買った。
ほどなくロッドを折り、GRのグリップを安物のロッドに移植して使う。(コルフォーキャスティングハンドルっていうのがかっこよかったので)

リールは バンタムスピードマスターを少し使い、ダイワのPS2L5Bっていう廉価版を購入、当時のフラッグシップモデルのベアリングに変更しようと パーツ注文しようとすると同じ品番ということに気づいて、愉しくなった。
そして当時の最長ハンドル“PT33Cノーマルハンドル“を注文(当時600円)何となくカスタムしていった。PS2Lはクラッチリリースが出来、ハンドルが逆転するのが良かった。

ロッドはダイワカーボウイスカーの661MFBかMLFBを購入、アモルファスウイスカーの同じ品番の物よりしっくりしたのを覚えている。

シーバスをかけて、伸され、ダイコー ベクター7フィートを買う。

ここでシマノのスコーピオン1501を衝動買い。 コレが実によかった。 で、カルカッタ200を追加。 レベルワインドがスプールに近いのが気になり、1501とパーツの互換性を誰かから聞き、カルカッタのメインギアを1501に移植。ギア比5:1のスコーピオン1501が出来、スピナーベイト専用機にした。 ハンドルはPT33Cを無理やり付けていた。
まだ雑誌にも出てない頃です。
この頃既に、ノーマルで使う概念はなかった。
そしてスプールのレスポンス=“気持ち良さ”となり折角の SVSシステムをシャフト2本のみにして、あとは削り落としてしまった。

後に“夢屋”から同じスプールが出たときは、ちょっと嬉しかった。
スプールが軽くなるとブレーキが少なくてよく止まるので ノーマルのブレーキブロックが最小の奴1個を半分に切ったもので十分になる。 巻いているラインが細いよりある程度太い方がよく飛ぶ(実際は軽いルアーが気持ちよくキャストできる。飛距離は別) と言いだしたのがこの頃である。

コメントを見る