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震災復興ボランティア

  • ジャンル:日記/一般

去る9日から震災復興ボランティアとして、バスで片道13時間かけて仙台市と福島県に行ってきました。

現場に行って感じたことがあり、ぜひこの場を借りてこれを見た人に伝えたいと思い日記として書きます。


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初日は宮城県仙台市高砂市民センターで、沖縄三線の演奏、我が兵庫県多可町の隠し玉書家こと後藤稔氏による巨大書き下ろしパフォーマンスや、女性部による姫路おでん、にくてんの振る舞い、ハンドマッサージを行いました。


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二日目は山元町で瓦礫撤去作業。

そこから福島県いわき市久ノ浜公民館での交流会を行って帰ってきました。


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昨日がちょうど震災からまる2年になり、最近テレビでは災害復興よりは、地元産業や被災者生活等に視点が移ってきていて、漠然と町並みや津波被害は印象が薄くなったイメージがありました。
現地についてまず思ったのが、道もきれいになり、瓦礫も撤去され、やはり見た目は復興が進んでいるのかと感じました。

しかし地元の方々とお話させて頂いているうち、表面上や物資はほぼ大丈夫。
でもメンタル面でまだまだ深い傷は残っている。
仙台などの都市部では、報道や支援団体、支援物資が沢山入るようで、地元の方々の気持ちもなんとか前へと動き出している、そんな明るい印象を受けました。

しかし、町から離れた田舎や福島の津波被害地では、放射線にばかり焦点があたり、はなれた地域ではほぼ置き去りの状態になりつつある感じがしました。

まず、震災以降人が出ていってしまい、町の人がかなり減ってしまった。
そのため、復興に向けて動き出したくてもまず人の元気が、前向きな気持ちが動かない、出ないという印象を持ちました。

そのために、公民館長さんもかなり努力をされているようでした。

そんな田舎部では復興はおろか、復旧の状態であるのではないのか、と感じてしまったのです。


長々となりましたが、あれから2年が経ち、記憶も薄れそうになっていくのは仕方の無いことかもしれないけれど、震災被害はまだ続いていると言うことをどうか覚えていて欲しいと思います。


地元の方の言葉で、忘れられない言葉がありました。

『私たちのこと、忘れないでね』



震災復興支援といっても、自分たちが行ったからといって、家を建てれるわけでなし、町を元通りに出来るわけでなし…


でも、地元の皆さんに、会って話をして、本当は来たいけれど来れない人がいっぱいいるんだよ。応援している人がいっぱいいるんだよ。ってことを代表して伝えることしか出来ないけれど、それが今の自分たちにできる支援ということなのではないのかなと感じました。


活動や募金をしなくても、今もまだ心を痛めている人達がいるということを覚えている。そして1日でも早く復興を願う。
それが一人一人にできる最小の支援であろうと思うのです。




長々と、最後まで読んで頂いてありがとうございます。


ちょっと固い内容過ぎましたね…








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