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釣りを再開して、はや12年。 道具ばかりハイエンドになり、釣果が追い付いてこないっていうよくある(?)負のスパイラルに陥っています(笑) とにかく、釣りに行きたい。ということで、時間を見つけて何とか言っています(笑)

間も無く1年。

  • ジャンル:日記/一般
間も無く、東日本大震災から1年が経とうとしています。


私は、震災当時、仕事で車で駐車場に入ったところでした。
社用車は、当時最新のナビがついており、強い揺れのあと

「緊急地震速報を受信しました」

との音声案内と共に、ワンセグが動き出し、仙台の様子を刻々と流していました。
それからは、仕事どころではなく、ナビの画面をくいるように見ていました。

刻々と変わる状況、大津波の襲来、そして大火災。
日本国民が今まで経験したことのない大災害。
胸が詰まる思いでした。

そして、その1ヶ月後、今度は仕事で、宮城へ出張しました。
もちろん、震災関連での主張です。

宿泊場所は松島、そして仕事の現場は名取、岩沼市。
名取、岩沼市というと、自衛隊機が震災の大津波が陸地に到達する様子を移していた場所。
また、名取川を上る津波の映像が流れていた場所でした。

実際、名取川南側には閖上という地区があり、津波で壊滅。
散々な状況を目の当たりにしました。

でも、それでも人々は前を向いて、必死に頑張っていました。

私が話をさせていただいた方々は、みんな家族も無事という方々ばかりでした。
しかし、震災の1時間前に友人をなくしたという方もいらっしゃり、言葉が詰まりました。


移動中の景色をよく見ると、仙台東部有料道路を挟み、景色が全く違うのです。
道路の海側は瓦礫でいっぱい。
西側は、道路の下に一般道がトンネルとして走っていない場所は、普通の風景。
海岸から約2,5キロ付近に有料道路が南北に走っていますが、そこまで津波が到達したことがわかりました。

また、宿泊地である松島も結構な被害を受けていました。

ただ、4月29日、ゴールデンウィークまでに復興を成し遂げようと必死に頑張り、29日にはほとんどのお店が再開していました。
お土産屋さんの中に、手ぬぐい屋さんがありました。
そこには、津波で流され、お店の方が泥まみれになった手ぬぐいを洗って、それが商品として店頭に並んでいました。
みんな必死になって、前を向いて頑張って復興に歩んでいることが街の活気と、人々の笑顔を見てわかりました。

あれから、間も無く1年。
再度自分には何ができるかということを考えてみたいと思います。
未だに、現地に入らなくても、何かできることがあると思います。
釣りを通じてだって、ネットを通じてだって、なんだっていろいろあると思います。

明日から、またひとつの区切りとして頑張りましょう!!

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