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連載第5回 『雷鳴~長い長いトンネルの出口で見えたもの~』

  • ジャンル:日記/一般
  • (小説)
第三章 邂逅

八月半ばの出勤時のことだった。空には大きな積乱雲ができていて、今にも一雨来そうな気配だった。
オフィスに着いた時、トンネルの出口は突然やってきた。日常を取り戻したばかりのボクにとって、トンネルの外の景色は眩しすぎた。
そこにいたのが彼女だった。
信じられないほど美しい女性だった。
計り知れないほど強く大きな雷鳴がボクの身体を貫いた。ボクは彼女に釘付けになっていた。
 

営業第一課に異動してきたその女性は、木元清夏といった。身長は一六五センチくらいだろうか。チャコールグレーのパンツスーツがとてもよく似合う、二十七歳独身の瑞々しい女性だった。話し方は明朗快活で洗練されており、とても好感がもてた。清夏の笑顔は、見る者の気持ちを爽やかにした。ロングヘアのポニーテールが清夏の印象をより清楚なものにしていた。
 
ボクは、社交的な部類の人間だろうと思う。初対面の人に話しかけることに苦を感じたことはない。転校生と最初に仲良くなるのは、それが女の子であっても、いつも決まってボクだった。そのボクが、清夏には話しかけることすらできなかった。すれ違いざまに目が合うだけで顔が赤くなるのを感じた。
もし、この世に一目惚れというものが本当にあるのだとすれば、清夏との出会いが、まさにそれだった。
 

ある朝、ボクがコーヒーを淹れていたときのことだった。淹れ方は学生の頃から変わっていなかった。その時、清夏の方から微笑を浮かべて自己紹介をしてくれた。
「木元清夏です。よろしくお願いします。美味しそうなコーヒーですね。職場で豆を挽く人を初めて見ました。私もほとんど中毒なんです。こんど谷山さんが淹れたコーヒーを飲ませてください」
せっかくコーヒーという共通の話題ができたのに、ボクは、顔から火が出るような感覚を覚え、しどろもどろになった。まるで片想いをする中学生のようだった。それほど清夏に夢中になっていた。休職中にあれほど献身的に看病してくれた恵美への感謝を忘れてしまうほどに。全ては、あのときボクの身体を貫いた雷鳴から始まったのだ。
 

九月の初め、課内の大幅な担当業務の入れ替えと座席移動があり、清夏がボクの隣の席に移動してきた。
とても素敵な香りがした。香水の名前は、確かクロエのオードパルファムだ。人気のある香水なので、ボクでも名前を知っていた。ローズのような爽やかで甘い香りがボクの脳裏に強い印象を残した。
ボクと清夏は、同じチームに所属することになった。ボクの心は踊った。仕事上のものとはいえ、ボク達が交わす言葉は日ごとに増していった。ボクは清夏に対して、自然に会話できるようになっていった。担当は別々だったが、ボクは、チームリーダーとして清夏を指導する立場にあった。清夏は積極的に相談してくれたし、ボクも誠意をもって接した。
清夏はとても素直で、仕事を覚えるのがすこぶる早かった。同じミスを繰り返すこともなかった。
ボクは、清夏に対して、本来の社交的な自分を取り戻すことができた。ボクは、ますます清夏に心を奪われていった。
 

ある日の昼休み、ボクは、清夏の机の上に一冊の文庫本があることに気付いた。裏返してあったので、何の本かは分からなかった。自分がどんな本を読んでいるかを知られるのは、意外と恥ずかしいものだが、ボクは思い切って尋ねてみた。
「何の本を読んでいるの?」
「『太陽の塔』っていうファンタジーです」
清夏は少し恥じらいながら答えた。その作家の作品ならボクも読んだことがある。何という偶然だろう。
「森見登美彦だよね。ボクもこの間、彼の作品読んだばかりだよ」
清夏は、ボクがすぐに森見登美彦の作品だと気付いたことや、同時期に同じ作家の作品を読んでいたことの偶然に驚いていた。
「『太陽の塔』は、私の森見登美彦との出会いの本なんですけど、最近どうしても気になって、もう一度読み返しているんです」
「それで、初めて読んだ時と比べて印象は変わった?」
「別物と言ってもいいくらい印象が違います。最初は、ストーリーを追って一気に読み進めました。でも、京都の土地勘がないので、いまひとつ物語に入り込めなかったんです。だから、今回は、京都の地図を見ながら読み返しています。すると不思議なもので、登場人物の気持ちが、初めて読んだ時より、少しは分かるような気がするんです」
ボクは清夏の本の読み方に好感をもった。
「谷山さんが読んだ本はいかがでしたか?」
「『夜は短し歩けよ乙女』っていうファンタジーなんだ。『太陽の塔』と同じく京都が舞台でね、大学のサークルの後輩にあたる女子学生と、彼女に恋をした男子学生の先輩の物語なんだけど・・・」
「あー谷山さん、ダメです!」
清夏は両手を前に突き出して、いたずらっ子のような笑みを浮かべてボクの言葉を遮った。
「それ以上言わないでください。私まだ読んでいないので、ネタバレしちゃいます」
「そりゃそうだ。失礼、失礼」
ボク達は顔を見合わせて大笑いした。
「でも、一言だけ付け加えると、ボクは大学受験の浪人時代に一年間京都にいたことがあってね、土地勘があるからストーリーのイメージが湧きやすいんだよ。君が地図を見ながら読み直しているのは大正解だよ」
「いいなぁ。谷山さん、京都にいたんですねえ。私、京都には一度も行ったことがないので、羨ましいです。谷山さんも森見登美彦が好きなんですね。もし良かったら、その本を貸してもらえませんか?」
「ボクも『太陽の塔』は読んでいないから、こんど交換しよう」
清夏は、とても愉しげだった。ボクは、読書が趣味であったことを心から喜んだ。

第三章 6  に続く

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