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▼ 善意の行く末・・・
- ジャンル:日記/一般
今回の震災が起こる20日ほど前、ニュージーランドでも震災が起きて、たくさんの方が亡くなられている。
ボクが住む名古屋の新聞にこの震災で亡くなった方の恋人の手記が載っていた。
*******************************************************************
ニュージーランド地震の直後は日本にいた私も、ものを食べることができませんでした。がれきの下に彼がいると思うと食べられなくて。そんな方が今、たくさんいると思うと胸が痛いです。
彼はいなくなってしまったけど、私には家族や友達、仲間がいます。私を守ろうと必死で支えてくれました。一緒に泣いてくれた人、抱きしめてくれた人、静かに話を聞いてくれた人、笑わせようとして悲しみをこらえながら面白いことを言ってくれた人・・・
家族や友達、雨をしのげる屋根、全てを失った方のいると思います。生きる気力を失って死にたいと感じている人も。
私もそうでした。
そんな時、「頑張って」「頑張ろう」という言葉は重すぎて、負担になるかもしれません。
みんな、頑張っているんです。生きることを精一杯。
だから「頑張って」と言わないでほしい。大切な人が亡くなったり、行方不明になったりしても、自分は生きていかないといけない。それだけでも頑張っているんです。
ただ手を触れてもらうだけでも安心できます。「一人じゃない」と気づかされます。その人が涙していたら手を握ったり、背中に手を当てたりしてあげてください。そして静かに待ってみてください。必ず何か思いを吐き出してくれます。そうすると楽になるんです。
*****************************************************************
これが被害に合われた方の声です。
「今、ボクらに何が出来るのか?」
こんな気持ちにみんななっている。これが正常だと思います。
出来ることから少しずつ・・・これも正常に違いないんです。こういう気持ちがない人なんて人っていえるのかな?とさえ、思います。
でも、ちょっと考えてみると・・・それは本当に今、必要とされていることなのかな?
ボクらの善意は被災者にとって求められていることなのだろうか?逆に負担になってしまわないだろうか?
みんなで「頑張ろう!被災者を励まして、復興しよう!」とするより、人知れず、そっと募金箱に寄付をしたほうが良いんじゃないかとかね。
救援活動をしていることに自己満足するくらいなら、静観したほうがマシなんじゃないかと。
昨日も友人と少し話しをしたんですけど、今は救援物資も義捐金も一気に集まってきている。
でも、1年後、2年後はどうなんだろう?
何も出来ないもどかしさはあるけれど、被災地の安全、被災者が無事でいることを祈ることが今、出来ることなのかも知れない。
ボクが住む名古屋の新聞にこの震災で亡くなった方の恋人の手記が載っていた。
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ニュージーランド地震の直後は日本にいた私も、ものを食べることができませんでした。がれきの下に彼がいると思うと食べられなくて。そんな方が今、たくさんいると思うと胸が痛いです。
彼はいなくなってしまったけど、私には家族や友達、仲間がいます。私を守ろうと必死で支えてくれました。一緒に泣いてくれた人、抱きしめてくれた人、静かに話を聞いてくれた人、笑わせようとして悲しみをこらえながら面白いことを言ってくれた人・・・
家族や友達、雨をしのげる屋根、全てを失った方のいると思います。生きる気力を失って死にたいと感じている人も。
私もそうでした。
そんな時、「頑張って」「頑張ろう」という言葉は重すぎて、負担になるかもしれません。
みんな、頑張っているんです。生きることを精一杯。
だから「頑張って」と言わないでほしい。大切な人が亡くなったり、行方不明になったりしても、自分は生きていかないといけない。それだけでも頑張っているんです。
ただ手を触れてもらうだけでも安心できます。「一人じゃない」と気づかされます。その人が涙していたら手を握ったり、背中に手を当てたりしてあげてください。そして静かに待ってみてください。必ず何か思いを吐き出してくれます。そうすると楽になるんです。
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これが被害に合われた方の声です。
「今、ボクらに何が出来るのか?」
こんな気持ちにみんななっている。これが正常だと思います。
出来ることから少しずつ・・・これも正常に違いないんです。こういう気持ちがない人なんて人っていえるのかな?とさえ、思います。
でも、ちょっと考えてみると・・・それは本当に今、必要とされていることなのかな?
ボクらの善意は被災者にとって求められていることなのだろうか?逆に負担になってしまわないだろうか?
みんなで「頑張ろう!被災者を励まして、復興しよう!」とするより、人知れず、そっと募金箱に寄付をしたほうが良いんじゃないかとかね。
救援活動をしていることに自己満足するくらいなら、静観したほうがマシなんじゃないかと。
昨日も友人と少し話しをしたんですけど、今は救援物資も義捐金も一気に集まってきている。
でも、1年後、2年後はどうなんだろう?
何も出来ないもどかしさはあるけれど、被災地の安全、被災者が無事でいることを祈ることが今、出来ることなのかも知れない。
- 2011年3月19日
- コメント(4)
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