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連載第13回 『雷鳴~長い長いトンネルの出口で見えたもの~』

  • ジャンル:日記/一般
  • (小説)
第七章  事端

課長代理の仕事は、思っていたよりもはるかに重責だった。会議に次ぐ会議、役員へのブリーフィング、部下からの相談など、息つく暇も無かった。毎日終電で帰宅する生活が続いた。稟議書や企画書を決裁するのは、夜遅くか週末だった。清夏には全く会えなくなってしまった。清夏は、最初のうちは、ボクの激務に同情し、同僚達に不審に思われない範囲で優しく接してくれた。
ボク達は、会社で互いに物を渡すときには、秘密の受け渡し場所としてボクのロッカーを使った。清夏は、ボクのロッカーに栄養補助スナックや栄養ドリンク、ときには弁当を作って入れておいてくれることもあった。清夏が前に言っていた「勇輝さんにはなんでもしてあげたい」という気持ちの表れなのだと思った。
清夏がこれほどボクに優しくしてくれ、愛してくれても、ボクの身体は日に日に疲労に支配されていき、LINEの返信さえ滞るようになっていった。一目惚れがもたらしてくれる「魔法」も、蓄積していく疲労には効かなかったのかもしれない。「会えない時間が愛育てる」なんていうのは、所詮歌の中だけのことなのだ。
ボクと会えないこと、そしてボクが清夏の気持ちを全部受け止めていないことからくる鬱屈した感情やストレスが、次第に清夏のLINEの文面に現れるようになってきた。そして、LINEの数は、おびただしいものになっていった。
「もう一ヶ月も会ってないよ。私、寂しいよ。勇輝に会いたいのに、この気持ち、どうしたらいいの?」
「今度の金曜日、明石町のレストランLで待ってる。閉店まで待ってる。五分でもいいから会いに来て。私、待ってるから」
「仕事が大変なのは分かってる。でも、ほんの少しの連絡をする時間もないの?」
「勇輝には、家に帰れば迎えてくれる奥さんがいる。でも、私を家で待っていてくれる人はいないの。私には勇輝だけなの。今夜、私のマンションまで会いに来て。必ずだよ」
ふと、京都に向かう新幹線の中で聴いた西野カナの歌が、ボクの頭をよぎった。
「精一杯の想いを全部、今すぐ伝えたいの。でも傷つきたくない、嫌われたくない、でも誰かに取られたくもない」
清夏は、自らの想いを全部伝えてくれている。しかし、ボクは、LINEに込められた清夏の切実な気持ちに、そして、絵文字やスタンプを使い続けてくれる気丈さに何一つ応えることができなくなっていた。未読のまま放置していたこともあれば、既読を付けるだけで返信しないということもあった。
清夏は、既読という文字を見つめながら、何を思っただろうか。ボク達の行く末に不安を感じ、ボクに傷つけられ、嫌われたと考えているかもしれない。ボクが仕事に取られたとさえ思っていただろう。
清夏の気持ちを全部受け止められない自分の不甲斐なさを感じる一方、清夏に辛く寂しい思いをさせていることで、清夏が「その気持ちを何かにぶつける」のではないかという不安も感じ始めていた。ボクは、仕事の疲労も相まって、清夏からLINEが来るたびに暗澹たる気持ちになることが多くなってきた。
ボクが、清夏の恋愛に対する思いに感じていた「重さ」は、こういうことだったのだろうか。
ボクは、清夏からプレゼントされたネクタイを着けることも忘れてしまっていた。ボク達の蜜月は、終わりの始まりを迎えていたのかもしれない。

第八章 終焉 に続く

 

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