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夢魚 -ユメウオ-

「ここが…魚拓のあの魚を釣った川か」
 
 朝霧立ち込める川の全貌を拝めたのは、日が昇りしばらく経ってからのことだった。
 
キンと冷える空気にもう少し着込めばよかったと後悔しつつ、目の前に広がる景色と親父との会話の中で構築された僅かなイメージを重ね合わせてゆく。
 
 親父は釣果を得る為の確信部分については、いつも話そうとはしない。
 
"その川が持つたくさんの表情を見ると良い"
 
会話の内容の半分近くは理解出来ずに表層を流れていくこともあるが、その言葉はやけに記憶の底に留まろうとする。
 
とりあえずもう少し他の場所も見て回ってもいいのだろうが、視野におさまる範囲内で既に気になるところがある。
 
どうしよう?なんて迷わない。俺は直感で動くタイプだ。車に戻って道具を準備することにした。
 
「初めてのフィールドはワクワクするな…いや、俺がこの川に来たのは初めてじゃないんだった」
 
昔、家族みんなでここへ来たことがあるらしい。俺が小学生に上がる前、6歳の頃だと言っていた。
 
当時のことを俺はまるで覚えてはいないが、「久しぶり」と川に向かって思いを掛ける。
 
…反応はない。まぁそんなもんだろう。
 
次に「はじめまして、これからよろしく」と心の中で願いを掛けた。
 
 
■ 釣りの世界へ
 
 親父は俺たちをほったらかしてよく1人で釣りに出掛けた。
 
もちろん家族で動物園や公園に行った記憶も少しはあるが、それほど多くは残っていない。
 
平日の夜も家を空けることの方が多く、親父抜きで晩飯を食うことが当たり前だった。
 
 幼稚園の年長から習い始めたサッカーはなんだかんだと続き、高校時代はその全てをサッカーに注いだ。
 
全国大会にも出場したしそれなりに良い経験を積んだと自分でも思うが、今は仕事の日々を送り、週一回の仲間とのフットサルの集まりもすっかり足が遠ざかり、サッカーは身近なものではなくなってきていた。
 
そんな今の俺の楽しみは…釣り。
 
 社会人になり行動範囲が広がったこと、仕事にも慣れ余裕が出来てきたこと、そんな折に久々に帰った実家で親父が釣竿の手入れをしている光景を見掛け、少しばかり幼少の頃の記憶が蘇ったのがきっかけだった。
 
ナイフで削り、ペーパーで形を整え、コーティング剤に漬け、色を乗せる。次から次へと生まれたルアーは、乾燥の為に整然と吊るされていった。
 
釣りから帰ってきた親父がルアーを洗う傍ら、「これは作ったやつ?このカッコいいルアーは?これは?」って質問攻めしてたっけ。
 
ルアーを作る親父を見るだけでなく、何回か釣りに連れてってもらったこともある。
 
あんまり釣れなくてすぐに釣竿を手離して遊び出し(苦笑)、小学生にあがるとサッカーにのめり込んだから、本当に数える程だったのだけれど。
 
 そんな俺が、今となっては親父と同じ釣りに少しハマっている。いや、少しというには語弊があるか。
 
助手席には箱に収まったままのリールが、ちょこんと乗っている。
 
"一生モノの釣り道具を手に釣りをしたい"
 
そう思って意を決し、今の俺にとって1番高価な道具を、たった今しがた手に入れたところなのだから。
 
 
■ 新しく出来た釣り仲間
 
 支度を整えると、まずは水辺に立つ。今一度流れの強弱と全体の地形を目視で確認し、いざ浸かろうか…って時に携帯が鳴った。
 
「もう少しで着きます」
 
つい先日知り合ったばかりの男からの着信だった——
 

 
 近くの漁港で新調したリールのシェイクダウンをしていると、同い年くらいの釣り人がやってきて何やらベイトタックルでキャストを始めた。
 
なんとなく気に掛かり声を掛けてみると、この漁港でたまにこうやってキャストの練習をしに来るんだと言う。
 
歳は俺の一個下で、少し前に就職の為に鹿児島に越してきたという。越してくる前はずっと横浜で釣りをしていたと言い、続けざまにこう言った。
 
「幼稚園くらいまでは鹿児島にいたんですよ。住んでたアパートもここからそう遠くないとこにあったみたいで」
 
初めて会うとは思えない程に気が合い、どういう経緯でそう決まったのか自分でも覚えていないが、気付けば釣りに行く約束をしていた。
 
その約束の場所が…この川だった。
 
 
■ 夢追いユメウオ
 
「俺もあの魚…釣りに行こうかと思って」
 
 実家で一緒に酒を飲んでいた親父にそう言うと、少し驚いた表情を浮かべた後に「そうか、きっと楽しいぞ」と言われた。
 
そして、いつもと同じで肝心なことについては何も語らなかったが、浸かっている時にこういう流れ方をしたら危ないとか、雨降後の支流の増水の特徴や、その他いくつかの危険なポイントを教えてくれた。
 
心配し過ぎだと思うほどに、その目と口調は真剣そのものだったが、俺はなんとなくその表情といつもより多い口数から勘付いていた。
 
"なんだか親父が、嬉しそうじゃねぇか"って。
 
 
 これから挑む釣りがどういうものなのか調べたり、道具を揃えたりする過程で、ひとつの釣行記にたどり着いた。
 
その釣行記に飾られた写真の中に、満足げに笑みを溢すひとりの男と、その両腕に抱え切れないほど大きな魚が写っている一枚がある。
 
"紛れもなく実家に飾られている魚拓の魚だ"
 
そのブログには実にたくさんの記事があり、始まりは2014年3月だった。
 
俺が生まれた頃とほぼ同時にこのブログは存在していたのに、俺がこのブログを知ったのはついこの間のこと。
 
 
「ユメウオって、なに?」
 
「それはおまえが決めればいいさ。魚に夢を追う、その時に」
 
親父は魚拓を見ながら、嬉しそうに笑ってそう言った。
 
"夢追いユメウオ"
 
その時俺は、俺だけの夢魚を抱こうと思った。
 
 
 
■ 家族でドライブ
 
 早朝からちょっとした釣り遠征に出発する予定だったが、すっかり寝坊してしまった。
 
まぁ2週間に渡り出張で家を空けていたのにも関わらず、間髪入れずの釣りだったから少し気が引けていたのもあったし、半ば確信めいた前夜の夜更かしも祟りこうなったから必然の結果と思う。
 
この時間から行ってもごく僅かな時間しか釣りは出来ないし、今日は家族みんなで過ごす日にしよう!と目的地を模索する。
 
「今日はドライブ行くぞ〜早く準備して!」
 
家族5人が乗り込んだぎゅうぎゅう詰めの車は、高速道路に乗りやや北上したのち東を目指す。
 
 道中、「公園まだ?どこの公園行くの?」と何度も何度も聞いてくる子供たちに「もう少しだよ〜とか、ご飯食べてからいこう!」とか適当にはぐらかしつつ(笑)、第二有明橋を渡った時に助手席の妻に言った。
 
「これが、これから通う肝属川だよ」
 
「…こんなところまで来るわけ?」
 
妻は笑いながら、そう言った。
 
 
 少し前から、一度連れてきたいと思っていた。
 
「釣りに行ってくる」とだけ言い残し玄関を出ていった俺が、どんな景色の中で釣りをしているのかなんて想像も出来なかったと思う。
 
"こんなところで釣りをしてるんだ"
 
ちょっとだけで良いから自分が見てるその景色を家族には共有出来たらな、と思ったのがきっかけだった。
 
 河口を少しばかりみんなで歩いてみる。
 
小学2年生の娘は、「この川では何が釣れるの?」と聞いてくる。その横では、来年から小学生1年生となる息子が、棒を掴み何やら叫んでいる。
 
「…カワヌベ。でっかい魚がこの川には居るんだって」
 
「え?なんてお魚?」
 
ケータイを取り出し、サッと検索欄に"カワヌベ"と入力した。
 
1番上に出てくる写真を、子供たちに見せる。
でっか!と驚く長女に対し、ふーんともへぇーとも言わず視線を戻しまた棒で遊ぶ息子…
 
「釣りするぞー!」と言いながら棒を持っていたので一応釣りには興味はあるようだが、車に戻ろうか〜と言うと先導切って戻ってゆく息子。笑
 
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 この日、肝属の河口に吹く風は冷たく、空からは時折小さな雨粒が落ちてきた。
 
30歳で、この地に初めて訪れた俺。
6歳で、この地に連れてこられた息子。
 
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いずれ自分の意思で、この地を訪れたいと思う日が来るんだろうか?
 
例えそうでなくとも、父ちゃんは一向に構わない。
 
自分の生きる道を自分で決めて楽しめる人間になれればそれで良いと、心からそう思っている——
 
 
 

 
ハンドメイドのシンキングペンシルから、ロッドとリールを通して伝わる抵抗が弱くなったか?と思った時、腰にとぷんと河口からの小さなうねりが当たった。
 
下げの流れが終息を迎え、今度は上げの流れが入ってくる。
 
"川が表情を変えた"
 
と思うと同時に、今度は携帯が鳴った。
 
「今浸かってます?」
 
後ろを振り返ると、ひとりの男がこちらを見て水辺に立っている。
 
「もちろん」
 
そう応えながら手で合図を送ると、向こうも同じように手を上げた。
 

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